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メタボが健康寿命を縮めないという新説の真相

むしろ「メタボでない人」で要介護率が高い

私は、大規模調査によって社会の健康問題を探り当てる公衆衛生分野の研究を行っています。その研究の中でわかったのが、健康に悪いとされるメタボが、実は高齢者の自立喪失(要介護発生もしくは死亡)に関与していなかったという事実です。

私たち研究チームは65歳以上1524人を対象に、メタボと要介護の関係について平均7年にわたる追跡調査を行いました。すると、65歳以上の人が7年後も自立して生活できるかどうかは、男女ともに、その人がメタボか否かとは相関関係がなかったのです。

調査では、65歳以上でメタボだった人のおよそ4分の3が、7年後も介護いらずで暮らしていることがわかりました。なかでも男性は、メタボでない人のほうが要介護になっている割合が若干高いことが判明しました。

日本の男性高齢者の場合、腹囲76センチ未満のやせ型の人のほうが、逆に死亡率が高いというデータも別の追跡調査で示されています。

これら調査結果は、「メタボ=健康に悪い」というイメージとは異なる事実を物語っています。

改めて調べると、人生においてあとどれくらい健康な状態で過ごせるかを示す「健康余命」とメタボの関係について明確に示した文献や研究は、実は今まで存在していませんでした。

では、何が高齢者の健康長寿を脅かす最大要因かというと、今、世界の老年医学界で注目を集めている「フレイル」です。

「衰えるとは何か」が科学的に解明されつつある

フレイルとは、端的に記すと「要介護になる危険性が高い身体や脳の衰え」。心臓病やガンなどの疾患ではありませんが、人間歳をとれば必ず衰えます。つまり、誰もが避けて通ることができないのがフレイルです。

 

なぜ誰も避けられない、自然現象ともいうべき「老化」に改めて名前がつき、注目されているのでしょう? それには、3つの理由があります。

1つは、歳をとると当然だと思われていた心身の衰えは、経年だけでなく病気や生活習慣によって加速し、また衰えそのものがさらなる疾病につながる実態が解明されたから。

2つ目は、これまで主観的にしか捉えられなかった「体の弱り」が、「フレイル」という客観的な指標で評価できるようになり、フレイルか否か、つまり自分の体がどれくらい衰えているかがわかるようになったから。

そして第3に、これが最も重要で、すでにフレイルであっても有効な対策を講じれば、年相応の健常レベルに戻れる「可逆性」が認められたから。「体は時とともに衰えるもの」と諦める必要はないのです。

体の衰えを加速させてフレイルを引き起こす要因として、次の3つが特定されています。同時に、この3つに気をつけることが、有効なフレイル対策となります。

要因①筋力の低下
要因②低栄養
要因③社会的孤立
要因①筋力の低下

注意すべきは「体重が重いか、軽いか」ではなく、「筋肉量」です。
様々な研究で握力は全身の筋力と関係していることがわかっていて、握力の低下と死亡リスクも関連していることが判明しています。
世界14の地域住民を調査した結果、握力が1キロ強いと死亡リスクが2〜3%低くなることが示されました。また、握力は血圧値よりも循環器疾患などによる死亡の予測力が大きいことも報告されています。

要因②低栄養

「3食きちんと食べている」人でも低栄養に陥ることがあります。食事の内容に問題があるからです。

とくにフレイルリスクを上げるのが「品目数の少ない食事」です。おかずの多い、多品目な食事がフレイルリスクを下げるとされ、1日7品目食べることを推奨しています。しかし、現実には、性別・年齢によって食べられる食品に明らかな偏りがあることがわかりました(「歳をとると肉を食べなくなる」など)。

歳をとれば、意識しないと「偏った食事」になりがちだということです。

要因③社会参加

非科学的に聞こえるかもしれませんが、これは精神論ではありません。外出が少なかったり、人との交流が乏しい「社会的孤立」によって死亡リスクが約2倍高まったりするというデータがあります。

 

現在、1人暮らしの高齢者は男性13.3%、女性で21.1%です。これからますます高齢化が進むと、この「お一人様高齢者」の激増が見込まれ、危惧されています。

フレイル度を測定するために私たちが使用しているのが、次の15の質問です。

「はい/いいえ」で答えて合計得点を数えてみてください。

【身体機能】
①この1年間で「転んだこと」がある 「はい」で1点
②「1キロくらいの距離」を不自由なく歩き続けられる 「いいえ」で1点
③「目」は普通に見える(メガネ等を使ってもOK) 「いいえ」で1点
④「家の中」でよくつまづいたり、滑ったりする 「はい」で1点
⑤転ぶのが怖くて「外出」を控えることがある 「はい」で1点
⑥この1年間で「入院」したことがある 「はい」で1点
【栄養】
⑦最近、「食欲」はある 「いいえ」で1点
⑧大抵のものは「噛んで」食べられる 「いいえ」で1点
⑨この半年間で「3キロ」以上、体重が減った 「はい」で1点
⑩この半年間で、前より「筋肉」や「脂肪」が落ちたと思う 「はい」で1点
【社会参加】
⑪一日中、「家の中」で過ごすことが多い 「はい」で1点
⑫2、3日に1回は「外出」する(ゴミ出し程度は含まない) 「いいえ」で1点
⑬家の中、または外で、趣味・楽しみ・好きでやっていることがある 「いいえ」で1点
⑭親しく話せる近所の人がいる 「いいえ」で1点
⑮親しく行き来する友人、別居家族、親戚がいる 「いいえ」で1点

目安として、65歳を超えて4点以上であればフレイル要注意といえます。
しかし調査をすると、高齢者以外も同じくらいの割合でフレイルが疑われる実態が判明しました。

現代人ほどフレイルリスクが高い

横浜市の55〜64歳・約2600名を対象に先の質問に答えてもらったところ、4点以上のフレイルが疑われる人の割合は、男性で約20%、女性で13%。ところが同地域の65歳以上でもフレイルが疑われる人は男性で約23%、女性で約18%だったことから、壮年後期でも高齢期と比べてそれほど大差がないことが明らかになったのです。

理由を探ると、男女ともにある共通項がありました。

それは、先の質問の【社会参加】項目(とくに⑬、⑭、⑮)に「いいえ」と答えた人が、高齢者よりも多かったのです。

近隣との付き合いが減少し、「社会の希薄化」が問題になっていますが、その実情がこうしてフレイルリスクに反映されていることが伺い知れます。そして、この傾向は、高齢者よりも現役世代に強く働いており、将来、社会不参加によってフレイルになる人が増える可能性を示唆しています。

平均寿命が延び続けるこれからの時代、私たちは、かつてないほど長い老後を過ごすことになるでしょう。

医療技術はますます発達して100歳を超えて生きる人は増えると見込まれています。しかしそれは、「不健康寿命」だけが延びることを意味するかもしれないのです。