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クボタ「巨大トラクター」で狙う欧米市場の攻略

農機具大手のクボタが今春、欧米市場で新たなトラクターを発売した。製品名は「M8」。日本国内のトラクターの主力製品が20~40馬力程度であるのに対し、M8は最大210馬力。タイヤだけでも大人の背丈ほどの大きさがある。

これまで同社で最も大きなトラクターは同じく欧米を中心に展開している「M7」(最大170馬力)だった。2015年に発売したM7はフランスの工場で生産し、2019年の販売実績は約1900台。カナダの農機メーカーからOEMを受けて発売した今回のM8はさらに一回り大きく、クボタ史上、最も巨大なトラクターだ。

北尾裕一社長は、このM8はクボタの欧米事業において極めて重要な意味を持つ製品だと言う。「このサイズになると、ジョンディアのドル箱とも競合する。ここからはいよいよガチンコ勝負になる」。

ジョンディアとは、世界最大の農機メーカー、ディアアンドカンパニー(本社アメリカ・イリノイ州)が展開する大型トラクターのブランド名だ。同社の直近の年間売上高は円換算で4兆円を超え、クボタ(1.9兆円)の倍以上に及ぶ。最大地盤のアメリカに加え、欧州でもトップシェアを誇り、「農機業界の巨人」とも称される。

アメリカでとった「弱者の戦略」

クボタが世界最大市場のアメリカに販売会社を設立し、本格的に進出したのは50年近く前の1972年。しかし、大豆や小麦、トウモロコシなどを栽培する現地の畑作農家は作付面積がケタ違いに大きく、求められるのは広大な農地で効率よく作業できる大馬力のトラクター。クボタが稲作用で技術を培ってきた数十馬力のトラクターでは小さすぎ、「まったく商売にならなかった」(渡邉大機械事業本部長)。

コンパクトサイズのトラクターは、ガーデニング用などで使われるケースが多いという(写真:クボタ)

そこで同社は苦肉の策で、庭などでのガーデニングの芝刈り用としてトラクターを訴求。都市部郊外で大きな邸宅を持つ富裕層向けに売り込んでいった。「ジョンディアとの正面対決は避け、隙間の市場に入っていく作戦をとった」(北尾社長)わけだ。結果的には、この“弱者の戦術“がその後の北米事業拡大の大きなカギとなった。

当時、芝刈りにトラクターを使用するのは一般的ではなかったが、徐々に受け入れられ、コンパクトトラクターと呼ばれる新たな市場創出に成功。現在もクボタのアメリカ農機事業はこうした芝刈りや果樹園、牧場用の数十馬力のトラクターが根幹をなしており、同社のトラクター世界販売台数の6割を占めるまでになっている。

一方、現地の農業用トラクター市場は、先述したディアアンドカンパニーが圧倒的なシェアを握っている。自動車のフィアット傘下の欧州系農機メーカーで世界2位のCNHインダストリアル(トラクターのブランド名は「ケース」「ニューホランド」)がそれに続き、純粋な農業用途でのクボタの存在感は非常に乏しいのが実情だ。

実は、クボタは以前にも大型農機に挑戦している。1980年代の後半にスペインの農機メーカーを買収。最大170馬力のトラクターを自社開発し発売した。が、景気の悪化で現地メーカーが倒産し、販売は200台ほどにとどまった。その後、アメリカでも投入を検討したがジョンディアと戦う競争力はないとの判断で見送られた経緯がある。

大型領域参戦の背景に危機感

では、なぜ今、そのクボタが欧米で大馬力のM8を発売し、農業用の領域にも本格的に足を踏み入れたのか。最大の理由は、これまでの成長戦略に限界が見えてきたからだ。大きな地盤である東南アジアでは、稲作用の農機を中心にすでに各国で7~8割近いシェアを握っており、これ位以上の伸びしろは限られる。

シェア4割で首位を走るアメリカでのコンパクトトラクターの商売にしても、近年、その競争は厳しさを増している。中でも注目すべき存在はインドのマヒンドラ&マヒンドラ。安さを武器に北米のコンパクトトラクター市場で徐々に存在感を増している。クボタにとっては将来の大きな脅威だ。

マヒンドラはアメリカのコンパクトトラクター市場でシェアを取るため、数年前から7年間のローンゼロ金利の販売施策を展開。クボタもこれに対抗して追従したため、利益の圧迫要因になっている。渡邉本部長は「まだブランド力などで差はあるが、マヒンドラのコスト競争力は高い。技術やブランドで追いつかれれば、いずれ食われてしまうかもしれない」と強い危機感を示す。

こうした中で、農機事業をさらに中長期にわたって着実に成長させていくためには、新たなドライバーが欠かせない。その期待を担うのが、巨大な市場規模を誇る欧米の畑作用の大型トラクターであり、今回のM8はそこに本格参戦する大きな一歩なのだ。

210馬力のM8は、欧州の農業用としてはほぼ十分なサイズ。ただし、アメリカではそれでもまだ小さい部類に入る。アメリカの大規模農家は300馬力以上のメイントラクターを持ちつつ、比較的に小回りの利く200馬力クラスも併用するケースが多く、「まずはアメリカではセカンドトラクターの座を狙っていく」と渡邉本部長は話す。

クボタにとって、今回のM8発売は欧米における本格的な農業市場攻略のあくまで第一歩だ。「アメリカで畑作用を本格的にやるなら、将来的には500馬力クラスのトラクターだって必要になってくる。サイズのラインナップや価格展開も増やして、農機業界のトヨタになりたい」。北尾社長はさらなる大型化にむけた意気込みをそう語る。

今回はスピードを重視して、自社生産ではなくカナダの中堅メーカー、ビューラー社からOEM供給を受ける形を取ったが、大型でも内製化に向けた準備を進めている。今後の開発を見据え、約73億円をかけ欧州に100人規模の開発拠点を整備する。車体やエンジン、トランスミッションなど、欧米の畑作市場攻略に必要な大型トラクター開発の一切をこの欧州の新開発拠点が担う。

すでに農機にも使用できる300馬力のエンジンの開発が進んでいる。2022年の発売を目指すこのエンジンは外部の建設機械メーカー向けに供給するが、農業機械にも転用が可能だといい、さらなる大型化への布石になる。

不退転の決意で戦う

大型化と並ぶもう1つの戦略が、インプルメントの自社展開だ。インプルメントはトラクターにつけて使用する作業用機械で、作業目的に応じて付け替える事で1台のトラクターが何役をもこなす。農機メーカーでも多少の展開はあるが、インプルメントは専業のメーカーから農家が別途購入するのが一般的だった。

クボタは2012年にノルウェーのインプルメントメーカーであるクバンランド社を約220億円で買収。さらに2016年には、アメリカでも500億円近くを投じてGP社を傘下に収めており、作業機インプルメントとトラクターの一体販売で畑作市場の攻略を目指している。

クボタの2019年の農機・エンジン部門の売上規模は約1.2兆円で、世界2位のCNHインダストリアルの農機・エンジンの売り上げとはすでにほぼ肩を並べている。M8をテコに欧米市場で販売を積み増し、2位の座を確立することを狙う。

「かつて社内では、ジョンディアの尻尾だけは踏むなと言われていた。あまりに強くて、怒らせたら大変なことになるぞと。しかし、当社もトラクターの大型化を進め、これから農業用途での本格的な競合が始まる。不退転の決意で戦っていく」(北尾社長)

果たして、アメリカ、欧州で農業用の大型トラクター市場を攻略できるかどうか。クボタの農機事業の成長はその成否にかかっている。