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KPIを導入しても経営が上向かない「あるある」

そもそもKPIとは

KPI(Key Performance Indicators)とは、重要業績評価指標あるいは重要経営指標という訳語からもわかるように、その組織にとって重要な、数字で測定できる指標のことです。 

「売上高」「利益」「限界利益率」といった財務的なものだけではなく、「顧客満足度」「従業員満足度」「市場シェア」「納期遵守率」「不良品率」といったより現場に近い数字もKPIとしてよく用いられます。例えば営業部門であれば、営業部門や担当者の「受注額」「売り上げ」のほか、「新規顧客開拓数」「既存顧客維持率」「価格維持率」などが代表的なKPIです。

なお、KPIはビジネスだけに使われるものではありません。プロスポーツチームであれば、「観客数」「視聴率」「チームの勝率」「選手の成績(サッカーであれば「得点」「パス成功率」「ミス数」など)」が大事なKPIとなるでしょう。

こうしたKPIを積極的に活用し、生産性を上げようとするのがKPI経営です。

例えば高収益・高給で有名なキーエンスなどは、営業担当者ごとに数十から数百を超えるKPIを設定し、パフォーマンス評価等に活用していると言います。同社の営業担当者の並外れた生産性の背後にはそうしたメカニズムがあるのです。

また、永守重信会長が率いる日本電産は、KPIの達成に強いこだわりを持つことを組織文化として根付かせています。その結果、かつてのリーマンショックや今回の新型コロナ不況下でも一定の業績を残せる可能性を高めているのです。

先述のプロスポーツチームであれば、メジャーリーグのオークランド・アスレチックスは、選手の成績を示す伝統的なKPI(「打率」や「打点」「ホームラン数」など)ではなく、それまであまり重視されなかった「長打率」や「出塁率」といったKPIに着目し活用することで、安い給与であっても強いチームを作り上げることに成功しました。

ここで紹介した組織だけでなく、現在ではほとんどの組織は多かれ少なかれ、KPIを設定してマネジメントに生かしています。そして適切に設定・運用すれば、KPI経営は組織に好循環をもたらすはずなのですが、「あまり効果が実感できない」「むしろ弊害が生じている」というケースも多いようです。

社長の経験の浅いベンチャー企業や、公的組織(官庁や学校など)にとくにその傾向が強いようですが、大企業であっても部署(子会社なども含む)によってはKPI経営が中途半端なことは少なくありません。その結果、どのような「好ましくない状況」が起こりうるのかをここでご紹介します。

KPIの設定が偏っていたり足りないケース

適切にKPIを設定する効用は多岐にわたりますが、その第1は問題発見とその解決がしやすくなることにあります。PDCA(Plan-Do-Check-Action)をスムーズに回しやすくなると言い換えることもできます。逆に言うと、KPIの設定が不十分であったり偏っていると、それが難しくなるのです。

例えばある組織が営業部の各チームに「売り上げ成績」をKPIとして設定したとしましょう。このこと自体には問題はありません。しかし「売り上げ成績」しかKPIを設定していないとなると問題が生じる可能性が高くなります。例えば、「『売り上げ成績』の達成に追われて、本来とるべき案件ではないのに強引に売る」ということが起こるかもしれません。そしてもしそんなことが実際に起こっても、「売り上げ成績」というKPIだけを見ていたのではその事実になかなか気がつきません。

そして気がついた頃には顧客離れが起きて「売り上げ目標」を達成できない、あるいは無理な営業に営業担当者が疲れてメンタル不調が増えたり離職率が上がったりといった事態を招いてしまうのです。

その揚げ句「人員を増やしてカバーする」といった的外れな対策をとり、いつまでたっても生産性が向上しないことも起こりえます。「KPIを設定して頑張っているのに一向に業績が向上しない」という組織はこの罠に陥っていることが少なくありません。

このケースの場合、「売り上げ成績」だけでなく、営業チームごとに「顧客満足度」や「NPS(ネットプロモータースコア:推奨意向)」をKPIに設定していたらどうだったでしょうか。

仮にあるチームだけがある時期からこれらの数字が下がっていたとしたら、早期に問題に気づき、「提案内容が的を射ておらず、顧客にソリューションを提供しきれていないのではないか」、あるいは「『売り上げ成績』の達成に追われて、本来とるべき案件ではないのに強引に売ったのではないか」といった仮説が立てられるわけです。

そしてほかのKPIの動きや顧客からの生の声などを分析することで、効果性の高い対応策がとれるのです。

従業員を間違った方向に動機づけてしまう

KPIを活用したとしても、人間のモチベーションに対する洞察が甘く、そのバランスが不適切だったり、評価報奨制度とのバランスが悪いと、従業員が本来動いてほしい方向に動いてくれないということも起こります。

例えば近年、営業担当者にも結果評価だけではなくプロセス評価を導入しようという動きが広がっています。ただ、仮に「訪問件数」の評価の比重を30%程度にしてしまうと、「売れる見込みはなくても、とにかく『訪問件数』だけは増やそう」と考える人間が一定比率は出るものです。クロージングの能力が低い人間ほどそうした行動をとるでしょう。これでは最終的な売り上げや利益にはなかなかつながりません。

安易なやり方でそのKPIを達成しようとする人間も出ます。例えば研究所で「特許の数」を研究員のKPIとして設定するのはよくあることですが、それを強調しすぎると、「会社にとってはそれほど役に立たない、取りやすい特許」を取ろうとする人間がこれまた一定比率は登場します。これは企業の競争力につながりませんし、優秀な研究者がそうした行動をとってしまうとしたら大きな損失です。

KPIは、組織が向かうべき方向性や戦略の重点を従業員に伝えるメッセージでもあるのですが、その理解が甘いと、メッセージが誤解・曲解され、従業員の行動を誤らせてしまうのです。

まだまだある失敗ケース

ここまでご紹介した以外にも、KPIの項目そのものはよくても、目標設定が不適切で従業員の不正を招くこともあります。

数年前には日本を代表する電機メーカーの組織的な不正が注目を浴びるといった事件も起こりました。達成が困難なストレッチ目標が与えられた結果、会計的な不正が起きてしまったのです。

本来であればこうした不正はすぐに発見されるべきなのですが、例えば循環取引を利用した架空売り上げの計上などは、プロの会計士でも容易に見破ることはできません。別のケースでは、強引に売り上げ目標を達成しようとした結果、判断能力の低下した高齢者に強引に売りつける、というケースもありました。

また、測定しにくいものをKPIにしたがゆえに経営や上司に対する不信を招くといったこともよくあります。例えば顧客との真の商談時間などは、なかなか正確に補足できないものです。これを自己申告で過大に報告してそれがまかり通るようであれば、まじめに報告している営業担当者はやる気を失うことでしょう。

自己啓発に使った時間や部下とのワンオンワンのミーティング時間なども同様です。こうした測定しにくい数字は、1つの情報源だけではなく、多面的に捉える工夫が必要なのですが、それが十分な組織は多くありません。

KPIが中途半端なまま経営することは、飛行機の操縦に例えると、本来計器などで測定されるべき数字が不十分なまま、勘や経験で操縦しているようなものです。経営環境が変わらなければ勘や経験がそのまま生きるかもしれませんが、残念ながら今はそんな時代ではありません。

今回紹介した典型的な落とし穴を避けつつ、KPIを用いて科学的なマネジメントを行うことが現代の経営者やマネジャーには求められているのです。ぜひ皆さんご自身を振り返り、職場で適切にKPIが設定・運用されているか確認してみましょう。