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Go Toトラベル是非より日本人に必要な視点

新型コロナウイルス感染者の急増により、今年のお盆休みは帰省を控えている人が多いと聞きます。子どもの夏休み期間中の旅行も自粛。コロナで疲弊した地域経済にとって有効なカンフル剤になるとして開始されたGo Toトラベルキャンペーンも、開始前後からその実施の是非がメディアを賑わせるという、観光業に従事する人々からすれば残念な結果となっています。

筆者個人としては、キャンペーン開始のタイミングについては考慮すべき点があったとは思うものの、施策自体は合理的なものだと感じています。ただ、観光地の安定的な経営という観点では、このキャンペーンの行方に一喜一憂していてはダメで、カンフル剤が効いている間に着実に進めなければならない、コロナ前からの課題が山積みしていると思うのです。

観光立村の苦境を見過ごせば、地域経済は破綻する

筆者が住む長野県白馬村は、従業者の50%超が宿泊、飲食、索道(ロープウェイやゴンドラなど)といった観光業に従事しています。これらに物品販売やサービスを提供する工務店や農業、金融などを含めると、人口9000人の住民のほとんどが何らかの形で観光業に携わっている「観光立村」です。このような、観光が地元経済を支える地域は国内各地に多数存在します。

観光立村である白馬村において「コロナ・ショック」の影響がどれほど大きかったかについては、前回の記事(憧れの勤務地は「丸の内」から「リゾート」へ、2020年7月1日配信)で触れていますが、放置していては事業者の廃業が相次ぎ、中期的に見れば日本の稼ぎ頭になる可能性がある観光資材、いうなれば“宝の山”を腐らせ、地域経済にとって不可逆的な破綻状況を招くリスクは大きいと考えています。

そういった観光業、地域経済の危機に対して、Go Toトラベルキャンペーンのような「旅行を誘引する施策」ではなく、観光業者に直接給付をしたほうがいいのではないかという声も聞こえてきます。ですがそれは、「政策の費用対効果」と「持続可能性」という観点から考えるとかなり疑問です。

確かにどの事業者もキャッシュフローが不足し、移動も制限せざるをえないタイミングであれば、持続化給付金や雇用調整助成金などのような直接的な給付に頼らざるをえないでしょう。しかし、今回のコロナ・ショックのように短期的な収束が見込みづらく、影響の度合いも甚大なケースにおいて、各事業者の売り上げのわずかな割合しか充足できない給付金だけで事業を中期的に継続させることは、現実には不可能です。

観光庁の「旅行・観光消費動向調査」によると、2019年の日本国内の消費総額は28兆円弱とされ、うち約5兆円が訪日外国人によるものです。2020年以降どの程度縮小するか定かではありませんが、訪日外国人による消費額は当面ほぼゼロに近いレベルまで縮小するでしょう。日本人の国内旅行消費額についても2020年1~3月ですでに全国レベルで昨年から20%減少しており、これが4~5月はゼロに近い水準まで落ち込んでいます。

このように、コロナ・ショックで失われる観光消費額が、年15兆~20兆円規模になることも見込まれる中、Go Toトラベルキャンペーンの1.1兆円の予算全額を直接給付に回しても、「焼け石に水」程度の効果しか持ちません。一方、Go Toトラベルキャンペーンのような「誘因型」の効果の裾野は圧倒的に広くなります。

Go Toトラベル効果は、直接給付の4~5倍

たとえば、今回のキャンペーンを利用し白馬で1泊1万円の宿泊施設を予約、3500円の補助を受けるケースを想定してみましょう。正確な統計を取っていないため仮定の数字になりますが、1泊朝食付き1万円の宿に割引で宿泊できるようになることで新たに旅行したいと思う観光客が普段より50%程度増加できるものとします。

普段より増えた旅行客が旅先の白馬エリアで2000円のランチと3000円のディナーを食べ、また、ゴンドラリフトなどの観光施設で4000円程度消費。さらに1人2000円程度のお土産も購入してくれるかもしれないし、長野駅からの往復4000円程度のバスにも乗車することでしょう。こうして、3500円の政策的投資は、旅先エリア内だけでも1万円以上の効果(1人当たり消費総額25,000円×期待確率50%)を生み、エリアへの交通費も含めると、直接的な給付より4~5倍程度の効果を持つことになるのです。

感染者が爆発的に増えているタイミングに実施したという開始時期の話を除けば、Go Toトラベルキャンペーン自体は合理的な施策であり、コロナで疲弊した地域経済にとっては有効なカンフル剤となることでしょう。

しかし、このカンフル剤も無限に打ち続けられるものではなく、コロナ・ショックも短期的に乗り切ればいい、というものでもなさそうです。カンフル剤が効いている間に本質的に観光地の在り方を変え、経営体力を強めるために必要なことは何か。それが「稼働平準化」となります。

観光産業の多くは「設備投資型」産業であり、稼働率の向上が経営状況に直結するビジネスです。これは、白馬村のスキー場経営を例に取るとよくわかります。「白馬岩岳マウンテンリゾート」は数年前まで、冬のスキーシーズン中は1カ月で最大4万人以上の来場者数がありました。一方で、冬以外のグリーンシーズンは最大でも月間1万人強、少ない月では1000人未満のこともあったのです。

近隣の宿泊施設の利用も白馬岩岳へのスキー客がほとんどだったため、グリーンシーズンの多くは営業をしていない施設も多くありました。それでも、冬場の稼ぎだけで年間、まかなっていける時代はよかったのですが、スキーヤーの減少、雪不足、施設の老朽化といった問題から、ウィンターシーズンだけに頼っていくわけにはいかなくなったという経緯があります。

スキー場に限らず、従来型の多くの観光地では日本人の画一的な休日取得形態の影響を受けて、年末年始や週末に来場者の多くが集中する傾向にあります。そうすると、施設のキャパシティをこの繁忙期の来場者数に合わせて設計せざるをえず、結果として平日の閑散期に稼働率が大幅に落ち込むという状況になっているのです。

観光地の繁閑差が大きいと満足度が低下し続ける

しかも、スキー場やビーチなど、季節性の強い魅力に100%依存した観光地や、団体旅行やツアーバスなど「ある日程だけ大量にお客さんが集まる」タイプの集客に依存した観光地も、日本には数多く存在しています。特定の地域に注目し、一気に大量の集客をしてきた従来のキャンペーンのあり方や単発のイベントに頼った集客も、稼働の平準化とは逆行した動きでした。

繁閑の差が大きいがゆえに雇用が安定しないという課題もあります。来場者の多い日は客を短時間で「さばく」ことに重点が置かれてきた結果、つねに「上質な体験」を提供できているとは言いがたい状況でした。年末年始やお盆休み、GWなどの特定のピーク日には混雑によるサービス低下が起き、結果として満足度が上がらず、リピートにつなげられないケースも多いように思います。

これに対し、繁閑の差を小さくし稼働の平準化が進めば、かりに年間トータルの来場者数が同じでも、来場者数に比して適切な施設規模を維持することができるため、今後整備が必要な施設容量を抑えられます。一方で、お客様の快適性も向上するのです。観光施設の通年雇用が拡大でき、人口減少時代の地域社会が抱える課題の解決に近づくことにもなります。

今回のコロナ・ショックは、稼働の平準化に真剣に取り組むいい機会になるでしょう。実際、働き方の見直しが進むにつれて一部企業では、自由度の高い仕事の仕方が選択されやすくなっているようです。密を避ける傾向とも相まって、「休暇を取るなら空いている時期に」というのも今まで以上にやりやすくなると思います。

団体やツアーバスによる旅行はコロナ・ショックを機に回避される傾向もあります。テレワークをするなら環境のいい場所で、というリゾートテレワークも徐々に普及してきており、これも平日や閑散期の稼働率向上に寄与するでしょう。

一方で観光地の繁閑の差をなくすためには、観光地側の努力も欠かせません。地域の面的な魅力を高め地域内での宿泊につなげ、エリア全体で稼働が平準化できるような努力を続けていく必要があります。この際大事なのが、ローカルの人間が気付いていてもうまく活用することができなかった、地域の「隠れた資産」に外部目線での味付けをし、閑散期にも集客できる新たな魅力を作り出していくことだと感じています。

優れた観光資源は長くそこに在住するローカルの人間がいちばんよく知っているはずですが、資金が足りなかったり、そもそも課題認識が弱かったりすることで、これに光を当てることができていないケースも多いのです。

必要なのは、隠れた資産の有効活用と稼働の平準化

ここで気を付けたいのが、何か新しい魅力を作ろうと他のエリアでの流行り物をそのままコピーし、箱モノを一から作り始めるケースです。これだと費用対効果が低くなる可能性があります。本来、その地域ならではの隠れた資産を活用すれば、その魅力だけで集客につなげることができるので、必要な投資額を抑えられるはずだからです。

隠れた資産は生の素材のままで提供するのではなく、より「魅力的なもの」にする必要があります。その際、お客さんの目線に立ちやすい立場の人間、たとえば一度、都市部で就職をし、村の外の世界を見て戻ってきたUターン組や外から住み着いた「よそ者」が改めて活用方法を見直すことで、気付けることが増えるような気がしています。

 

丸太で作られたベンチが3つ並べられていた岩岳山頂のブナの森の裏(筆者撮影)

手前味噌になってしまいますが私自身が体験した事例を1つだけ紹介させてください。白馬村で「地元で山が一番きれいに見えるのは、岩岳山頂のブナの森の裏」だというのは、住民や登山愛好家の間では知られていました。

その場から眺める白馬三山の圧倒的な景観は「隠れた資産」だと気付けてはいたものの、ただそこには、丸太で作られたベンチが3つ置かれていただけでした。

 

 

 

白馬三山の景観が迫る、特徴的な設計の施設(筆者撮影)

スキーシーズン以外にもゴンドラに乗ってもらい集客できる施設として、その場に展望台を作るのはどうかという案が出ましたが、「単なる展望台だけなら日本各地、ほかの山にも複数ある。ここでしか味わえない体験、特徴を加えよう」という、東京出身で「よそ者」であった私の外部目線を加え、東京都内で人気のベーカリーを誘致。加えて、斜面に切り立つ特徴的な設計のテラスを作ったという経緯があります。

白馬村では、このほかにも山岳景観を生かしたグランピングリゾートの整備など、これまで有効活用されていなかった資源の開発を通じて「オールシーズン・滞在型ツーリズム」への転換を村全体で進め稼働の平準化に取り組んでいます。

地域が抱える課題と地域内の資源を改めて見つめ直し、隠れた資産を有効活用して稼働の平準化を進めていくことはスノーリゾートに限らず、全国の観光地で必要なアクションでしょう。

観光事業者サイドの魅力の向上やプロモーションの遂行だけではなく、休日の分散取得の推進やリゾートテレワークへの支援など行政サイドや各企業、民間サイドからの積極的なバックアップを期待したいところです。