カブトムシの「大きさ」あんなにも差が出る理由

なぜ最初から成虫として生まれないのか?

昆虫は、子どもの幼虫と大人の成虫とで、大きく異なります。例えば美しいチョウも、幼虫の頃は、多くの人が苦手とするイモムシです。また、トンボは、幼虫のときには水の中でヤゴとして過ごします。セミも、幼虫のときには土の中で過ごしていることを、多くの人が知っているでしょう。

昆虫の成虫には、羽があるのが大きな特徴です。成虫は、この羽で移動をします。そして分布を広げて行くのです。これに対して、幼虫には羽がありません。イモムシなどは、早く走ることさえできません。

ひと言で言ってしまえば、昆虫の幼虫は、成虫になることが仕事です。成虫になるためだけの存在なのです。となると、そんな幼虫に存在価値があるのか、考えてしまいます。それなら、最初から大人(成虫)として産まれてくればよいのではないでしょうか。

幼虫の時期にどんな意味があるのか考えるために、子どもたちに人気のカブトムシのことを思い出してみましょう。このカブトムシも、幼虫のときはイモムシのような姿をしています。

カブトムシといえば、とくに体が大きくて立派なものが人気です。でも、ときどき、とても体の小さなカブトムシも見かけます。じつは、このカブトムシは、大きなカブトムシより後に生まれたから小さいわけではないのです。この小さなカブトムシには、どんなにエサをたくさん与えても、体が大きくなることはありません。成虫になってしまうと、その後、どれだけエサをたくさん食べても、もう大きくなることはないのです。

それでは、どうして体の大きなカブトムシと小さなカブトムシがいるのでしょうか。そこに、幼虫の時期の意味が隠されているのです。

カブトムシの体の大きさは、幼虫のときに食べたエサの量で決まるのです。とにかく、幼虫であるうちに、たくさん食べることが大切です。エサをたくさん食べた幼虫が、大きく成長し、大きなカブトムシとなります。からだが大きいことは、成虫になって樹液をめぐって争うときなどに、圧倒的に有利です。

しっかりとした幼虫時代を過ごしたものだけが、しっかりとした成虫になることができるのです。

イモムシには食べられたくない

最初に述べたように、たしかに、幼虫は成虫になるためだけの存在です。ただし、立派な成虫になるためには、立派な幼虫時代が必要なのです。

チョウなどのイモムシは、葉っぱを食べて大きくなります。むしゃむしゃと植物の葉っぱを食べるので、植物側からすれば、大きな迷惑です。しかし、植物もやられっぱなしではありません。植物のほうも、イモムシなどの昆虫に食べられないようにさまざまな工夫をしているのです。

たとえば、多くの植物は、葉っぱの中に有毒な成分を作り出します。しかし、これは一時的には効果があっても、長期的な対策にはなりません。有毒な成分に対しては、イモムシは毒が効かないような解毒の仕組みを発達させてしまいます。そのため、植物が有毒な化学物質で身を守っても、結局イモムシは、平気でむしゃむしゃと葉っぱを食べてしまうのです。

それでは、どうすればよいのでしょうか。とっておきの方法があります。イノコヅチという植物は、イモムシが抵抗できないような方法で、身を守ることを考えました。

それは、葉っぱの中に、イモムシの成長を早める成分を含む、という戦略です。この葉っぱを食べたイモムシは、ふつうより早く脱皮を繰り返すようになります。そして、ふつうの幼虫に比べて葉っぱを十分に食べることなく、早く大人のチョウになってしまうのです。

葉に毒が含まれているのであれば、前述のとおり、イモムシも必死になって、進化のなかで対抗策をとります。しかし、イノコヅチの場合は、食べてもちゃんと成長して大人になれるのですから、イモムシも文句はありません。成長が早まる葉を喜んで食べ、チョウになって飛び立っていきます。こうして、イノコヅチは、やっかいなイモムシを早々に追い払ってしまうのです。

小さく育つ成虫の末路

早く成虫になることは、よいことのようにも思えます。しかし、幼虫であるイモムシにとっては、あくまでたくさん食べることが仕事です。たくさん食べて、たくさん栄養をつけることが、立派なチョウになるために必要なのです。十分に葉っぱを食べることができずに、早く大人になってしまったイモムシは、先ほどのカブトムシの例と同様、小さな成虫にしかなれません。

このように、しっかりとした子ども時代を過ごすことができず、こぢんまりとした小さな大人になってしまった成虫には、卵を産む力はありません。こうしてイノコヅチは、イモムシを退治しているのです。

「早く大人になってしまえ」。それが、イノコヅチの恐ろしい作戦です。

もしかしたら、私たちは知らず知らずのうちに、子どもたちに対して同じようなことをしてはいないでしょうか。もし、大人びた「小さな大人」のような子どもたちが増えているとしたら、それは何だか恐ろしいことです。しっかりとした大人になるためには、しっかりと子ども時代を過ごすことが大切なのです。