新型コロナ、「2週間後」予測はなぜハズレるのか

「恐怖のウイルス」という思い込み

高橋泰(たかはし・たい)/国際医療福祉大学大学院教授。金沢大学医学部卒、東京大学医学博士(医療情報)。スタンフォード大学アジア太平洋研究所、ハーバード大学公衆衛生校に留学後、1997年から現職。社会保障国民会議や日本創生会議などで高齢者の急増、若年人口の減少に対応した医療・介護提供体制の整備の必要性を提言。新型コロナの「感染7段階モデル」が話題に(撮影:尾形文繁)

――足元でPCR検査により陽性と判明する人の数が増えており、不安に思っている人も多いようです。4月と同様に「2週間後」に欧米並みに人がたくさん死ぬという予測を続けている専門家も複数います。当たらないので予測というより「予言」という感じですが。

6月からの緊急事態宣言の全面的な解除、そして、7月22日からのGoToトラベルキャンペーンを通じて、むしろ、コロナは「恐怖のウイルスではない」ことが示されていると思う。

世間でいう感染者、すなわち検査陽性者はかなり増えているのに、重症者・死者はそれにつれて増加する姿になっていない。重症者は集計上のズレが大きくでこぼこしているが、4月の状況と比較すると重症者・死者は本当に低水準にとどまっている。

コロナは風邪のウイルスの仲間だが、正体がよくわからず、2月から3月にかけて武漢や欧州で死者が急増したので、「恐怖のウイルス」というイメージができてしまった。防護服など感染症の中でも恐ろしい「エボラ出血熱」に準ずる扱いがなされたり、そこまでいかなくてもインフルエンザと同等以上の毒性を想定する人が多かった。したがって、感染自体が過度に恐れられた。当初は「最悪の事態を予想して備える」というのは感染症対策の定石だ。

しかし、もう6カ月も経って、さまざまな研究成果やデータが出てきた。新型コロナ観を修正すべきだ。「タイムラグがあるので2週間後に重症者や死者がぐっと増えてくる」と主張する人は当初の「恐怖の新型コロナ観」をずっと引きずっているのだと思う。

 

――人によって見えている新型コロナの性格が違う。そのことを上のような図にしてみました。簡単に説明してください。

私の新型コロナ観をAとしましょう。新型コロナは、毒性は弱いが、暴露力は非常に強い。その結果、これまで国民の3分の1から半数がすでに新型コロナに暴露しているが、そのうち98%程度は、自然免疫などの働きにより自覚がないまま無症状か軽い風邪のような症状で治っている。ひどい風邪症状などになるのは暴露者の2%程度で、この人たちの一部は肺炎になる。さらに、このうちのごく一部はサイトカイン・ストームを起こして重症化するが、0.001%以下だ。

一方、多くの国民やマスコミが現在抱いている新型コロナ観をBとする。これは、新型コロナは恐怖のウイルスであり、非常に毒性は強く、かかると重篤化して死亡する可能性が高い。感染することはまれで、これまで非常に限られた人しか感染していない。だからかかると大変なことになる。

しかし、そのような病気でないことはすでにわかってきている。

コロナ観Aのほうが実態に合っている

――GoToキャンペーンの影響をコロナ観Aとコロナ観Bで予測するとどのような違いが出ますか。

コロナ観Aに基づく私の「感染7段階モデル」の予想では、GoToキャンペーン前に国民の3分の1の4000万人がすでに暴露し、このうちの400万~800万人は、仮にその人が暴露した翌日にPCR検査を行えば陽性になっていると考えていた。

さらに、GoToの影響を7段階モデルに当てはめ、以下のように予測していた。

地方を中心に最高2000万人程度が新たに暴露、その中の100万~200万人がPCRを行なえば陽性になる。ただしそのほとんどが無症状か軽症だ。一方、暴露者の2%相当の40万~80万人程度が長期の発熱や倦怠感などのはっきりした症状が出て、その中の一部が医療機関を受診し、PCR検査を実際に受けて陽性となる。また、PCR陽性者の周辺の無症状感染者も濃厚接触者としてPCR検査を受けることになり、大量のPCR陽性者が発見されるが、これも氷山の一角だ。また2000万人の中から600人の重症者が現れ、最大で200人が亡くなる可能性がある。

一方、コロナ観Bの人の立場で予測すると、PCR陽性者は感染者であって、これまでの感染者2万人がGoToによって急増する。このキャンペーンで感染者が地方に拡大し、そのうちの数%の数十万人レベルが重症化、数万人レベルの死亡者が出る、という予想になる。

現実はどうか。冒頭のグラフに見るように、目の前のデータから見える現在の新型コロナウィルス感染のファクトは、コロナ観Aに近づいているように思う。7月22日のGoToキャンペーン初日から2週間が過ぎたが、一向に重症者や死亡者が増えていかない。今後若干増えたとしても、コロナ観Aで予測される200人をも大きく下回る可能性のほうが高いように見える。

「新型コロナウィルスは弱毒化したのか?」という指摘が、一部のマスコミに出ているが、私の研究チームは、新型コロナはもともと弱毒であり、大きく変化したとは考えていない。

わが国の年間死亡者数はデータの確定している2018年で見て136万人。1日当たりでは3732人が亡くなっている。うち肺炎だけでも259人。新型コロナによる死者が平均6人という現実のデータで見ると、新型コロナはそのために日本全体の経済や社会活動を止めなければならないようなウイルスではなく、GoToキャンペーンから東京除外の対策を打たねばならないほどのウイルスでもなかったように思われる。

コロナを恐れる人々の気持ちのほうが怖い

――GoToの経過が4月と異なる点は、地方の知事たちの間で不安が高まっていることです。

地方に広がったのは事実だが、実際の重症者数や死亡者数はわずか。コロナ自体よりも、コロナを恐れすぎている行政や住民の反応が怖い。

感染者を差別したりする風潮が生まれているのもコロナ観がBであるために、恐れすぎるからだ。「指定感染症」のままである影響も大きい

事実を認め、間違いを修正するべき

――新型コロナについては研究が進行形ですし、治療薬やワクチンもまだ試行錯誤が続いています。しかし、歴史的には19世紀前半のジョン・スノウの例がありますね。

疫学では有名な話だ。1840年代にロンドンのソーホー地区でコレラが蔓延した。ロベルト・コッホがコレラ菌を発見したのは1880年代であり、当時は正体がわからなかった。

でも、スノウは患者の発生をマッピングし、中心にブロード・ストリートの公共井戸のポンプがあることを突き止めた。その利用をやめさせたら、コレラが終息した。病原体の正体がわからなくても、ファクトから適切な対策をとることは可能だということを示す良い例だ。

今回の新型コロナも、まだ正体がわからない点が多いが、これまでの重症者数・死亡者数の少なさやGoToキャンペーン後もそれが増えないことから類推すると、新型コロナは少なくとも日本人にとって恐怖のウイルスではない、という結論にたどりつく。

これは対策として、国民の不安を増長する過度のPCR検査と隔離政策はやめるべきだという結論にもなる。これまでの経緯から考えて、積極的なPCR検査を中止しても、重症者や死亡者は急増せず、インフルエンザによる死亡者数を超える可能性は低い。マスコミがPCR陽性者数の報道を中止しても、国民の生命は脅かされることもなく、むしろ落ち着いて、かつての生活を取り戻せるのではないか。

――演繹法で考えるか、帰納法で考えるか、という感じですね。

私も含め、机上の理論で対策を考えたら事実に合わず、間違っていた、ということはよくある。そのときは、間違いを認め修正すべきだ。

現在の新型コロナの過度の抑制政策は、教育・経済など人々の日常の営みにブレーキをかけることによって、国民に大きな代償を強いている。重症者や死者の少なさなどの事実を無視し、コロナは恐怖のウイルスであるというイメージにとらわれている政策や報道を、今一度考え直すべきステージに来ていると思う。