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無料サービスをバカにする人が知らない稼ぎ方

「今までのビジネスのやり方では、立ち行かなくなっている」──。

あなたのいる業界や周囲を見ていて、このように思ったことはないだろうか。新聞業界がこの10年で発行部数を1000万部落とす一方でヤフー・ニュースが急成長するなど、ビジネスの世界では今、大きな変化が起きている。

さらに、この流れは昨今の新型コロナウイルスの影響で加速している。旅客運送業や宿泊業はもちろん、製造業でも、多くの企業で業績悪化が相次いでいるのが現状だ。上場企業の業績予想の下方修正は、4月時点で合計マイナス3兆円以上に上った。

その一方で、マイクロソフトやアマゾンなどは、クラウドや通販利用者の増加で業績をむしろ好転させている。2020年1~3月期で、マイクロソフト は売上高が前年同期比15%増、アマゾンは26.4%増と、驚異的な成長を遂げている。

既存ビジネスの崩壊と新たな覇権

この新型コロナウイルスは、既存ビジネスと新たなビジネスの差を拡大させつつあるといえよう。

拙著『なぜ、それは儲かるのか』でも詳しく解説しているが、高度情報化で既存ビジネスが崩壊していく中、覇権を握りつつある1つのビジネスモデルがある。

そのビジネスモデルは、「フリー(Free)」「ソーシャル(Social)」「価格差別(Price discrimination)」「データ(Data)」という、たった4つのキーワードで構成される。これを私は「FSP-Dモデル」と呼んでいる。

GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)はもちろん、LINE、メルカリ、ヤフー、モバイルゲームなど、あらゆる成長サービス・産業が、実はこの共通のビジネスモデルを採用している。

近年の多くの成功サービスに共通しているのが、ソーシャル性の中でもとくに「ネットワーク効果」を活かしているという点だ。

ネットワーク効果とは、ある製品・サービスの利用者が増加することによって、利用者一人ひとりにとっての効用(価値・満足度)が向上する性質を指す。

電話を想像してみてほしい。どんなに電話が高性能であったとしても、まだ地球上の他の誰も電話を所持していなかったら、電話をかける相手がいないのだから、電話の購入から得る効用(満足度)はゼロである。しかし、電話を利用する人が増加したら、電話を利用する機会も増え、電話から得る効用も増加していくと考えられる。これがネットワーク効果だ。

この事実が示すのは、ネットワーク効果により、消費者の効用の増加が「製品の品質の向上とは関係なく起こる」ことである。例えば、LINEは国内月間アクティブユーザ数8000万人の大人気サービスである。しかし、それを見て私がまったく同じサービスを開発して今リリースしても、誰も相手にしてくれないだろう。

まったく同じ財でも、ユーザ数によって消費者にとっての価値が大きく異なる。いうなれば、コストをかけて品質を向上させずとも、ユーザ数が多いというだけで、消費者にとっての魅力はどんどん上がっていくのである。

このように、品質の外部で消費者の効用・需要が変化することから、ネットワーク効果は「ネットワーク外部性」ともいわれる。そして、どのようなビジネスでも、高利益化の鍵は、コストをかけずに消費者の需要を拡大することだ。したがって、品質を改善しなくても消費者の効用が増加するというネットワーク効果は、高利益化の非常に強力な手段となる。

そのため、電話に限らず、古くからさまざまなサービスがネットワーク効果を利用して市場の大きなシェアを占めてきた。ビデオ規格、ポケベル、パソコンのOS、家庭用ゲーム機など──。

しかし近年、このネットワーク効果にさらに「フリー」という要素を組み合わせることで、ケタ違いのビッグビジネスが生まれるようになってきている。

フリーでクリティカル・マスを超える

ネットワーク効果が働く製品・サービスにおいて最も重要なのが、最初に一定数以上の顧客を獲得することである。なぜならば、「ユーザ数が多いほど効用が高い」ということは、裏を返せば「ユーザ数が少ないと効用が低い」ということだからだ。

このため、最初に一定数の顧客を獲得しなければいつまでも期待効用(消費者が購入前に期待する効用の大きさ)が低いままで、誰も購入・利用してくれないのである。

製品・サービスの普及率を時系列で追ったグラフ、普及曲線を考えてみよう(図1)。ネットワーク効果が働く財は、普及率がある点を超えると、期待効用が十分に高まることで正のフィードバックが働き、爆発的に普及する。このとき、普及曲線はS字を描くこととなる。

この急激な普及が始まる普及率のことを、「クリティカル・マス」という。ネットワーク効果が働く製品・サービスの場合、普及率がクリティカル・マスを超えることが、ユーザ数の爆発的な増加の条件となるのである。

そして、普及率のクリティカル・マスを超える方策として、フリーは非常に強力な武器となる。なぜならば、フリーというのは消費者にとって究極の参入コスト低減であり、気軽にその製品・サービスを利用することができるためだ。

例えば、フェイスブックが最初から月額500円の有料サービスだったらどうだろうか。おそらくよほどフェイスブックに期待を寄せる一部のディープなユーザしか登録しようと思わないだろう。その結果、フェイスブックはほとんど人が集まらないサービスとなり、魅力もないので、やがてディープなユーザですら離れていくことになる。

このため、最初に一定数の顧客を確保することが重要となるわけだが、その肝となるのが消費者の参入コストを減らすことである。そして、「フリー」はその参入コストを極限まで小さくする戦略にほかならない。

「フリー」と「ネットワーク効果」を有機的に組み合わせ、最初のユーザを上手く獲得する。そして普及率がクリティカル・マスを越えたとき、抱えているユーザ数そのものがサービスの価値となり、他の追随を許さず、独り勝ちとなるのだ。

そして、「フリー」と「ネットワーク効果」の組み合わせで市場の大きなシェアをとることは、この情報社会において売り上げだけでない大きな意味を持つ。

そう、その市場における消費者のデータの大部分を自社だけで保有するということを意味するのだ。これは、ビッグデータによる効率化、サービス向上につながり、さらに勝利を強固なものとしていくだろう。

フリー×ネットワーク効果×データは普遍的な勝利戦略

「製品・サービスの一部を無料で提供して市場シェアをとるような戦略は、一部のITサービスでしか採れない」と考えるかもしれない。確かに、コストの安いものでないと、「フリー」で多くの人に提供するのはためらわれる。

そればかりか、せっかく有料で提供できる製品・サービスのビジネスチャンスを逃してしまったり、すでに提供している製品・サービスの競合になったりする可能性もある。このように自社の製品が他の自社製品の需要を奪ってしまうことを、経営学では「カニバリゼーション」(共食い)という。

しかし、高価かつ高度なシステムであっても、ビジネスモデルを上手く設計すれば、フリーによって成功を収められることがわかっている。

アメリカの電子カルテ企業プラクティス・フュージョンは、「無料クラウド型電子カルテ」を武器に急速に利用者を増やし、1億件を超える患者のデータを保有するに至った企業である。

多くの電子カルテシステムの導入費用が今でも10万~数百万円、運用費用も数万~数十万円であり、プラクティス・フュージョンが本格的に市場参入した時期はさらに高かったことを考えると、無料というのはまさに破格であった。

ただし、いくらクラウド型にしてコストを抑えているとはいえ、収益源もなくフリーで提供できるわけはない。その収益源は、製薬会社などからの広告費や、高機能版を利用するプレミアム会員からの課金収入があるが、それだけにとどまらない。

収集した大量の医療ビッグデータを活用し、それを匿名加工したデータベースを、製薬会社や医療機関に有料で提供したり、医療分析ソリューションなどを提供したりして収益を得ているのである。

そして、電子カルテはいわば規格だ。ほかの病院との連携、転属しても慣れたソフトウェアが使用できる、ビッグデータからの意思決定支援アドバイスをもらえるなど、ユーザである医者が増えれば増えるほど医者1人ひとりの効用が増加する。そう、ネットワーク効果が働いているのである。

一見すると、電子カルテのような高額なものをフリーにして、利益が出るわけがないと思いがちだ。しかし、あえてフリーにするのが困難そうなところをフリーにし、ネットワーク効果によって市場で大きなシェアをとる。

そのうえで、ビッグデータを販売し、ソリューションまで提供することで、儲けているのである。

必要なのは長い目でビジネスを考えられる風土

ここまで、「ネットワーク効果」「フリー」「データ」を組み合わせて相乗効果を生み出し、「儲ける」メカニズムと策を見てきた。しかし、これらを組み合わせれば必ず成功し、すぐに利益が出るのかというと、そのようなことはもちろんありえない。

日本国内でアクティブユーザ数4500万人以上、世界では3億人以上を誇るツイッターを例に考えてみよう。

ユーザ間に強いインタラクティブ性を持たせることで、「ネットワーク効果」を働かせている。そして、ユーザは無料ですべての機能を使うことが可能な「フリー」なモデルだ。データも広告のターゲティングに用いたり、他社に販売したりすることで収益をあげている。まさに、「ネットワーク効果」「フリー」「データ」の3つで巨大化したサービスである。

 

そのように「誰でも知っているサービス」であるツイッターだが、実は近年まで赤字続きであったことをご存じだろうか。図2は、2010~2017年における、ツイッター社の営業利益率とユーザ数推移を描いたものである。

この図を見ると、早期に大量のユーザ数を抱えているにもかかわらず、2016年まで大きな赤字を出し続けており、2017年になってやっとわずかに黒字に転じていることがわかる。ツイッターは2006年に誕生したサービスであるので、実に黒字化まで10年強かかっているといえる。

ツイッターの事例からわかるのは、新サービスを展開する際には5年以上赤字が続くことを覚悟で始めなければいけないということだ。

近年、日本の大企業を中心に、新しいことを始めようとしてもなかなか許可されないという話を頻繁に聞く。リスクがあり、市場規模が見えないような場合(あるいは現在は市場規模が小さい場合)にそのようなことが起こるようである。

イノベーションのジレンマ

これはハーバード大学教授のクリステンセン氏の言葉を借りるならば、「イノベーション(イノベーター)のジレンマ」といわれるもので、いわゆる大企業病の1つである。

イノベーションのジレンマとは、簡単に言うと、既存製品の改良によって事業が成り立ってしまう大企業が、既存製品や既存事業の持続的イノベーションにばかり注力し、将来大きく伸びる可能性のある新事業への投資を行わないことをいう。その結果、まったく新しい価値を生み出すような破壊的イノベーションを起こした新しい企業の登場で、競争力を失ってあっさり敗れ去る。

フリーやネットワーク効果を導入し、情報社会においても持続・発展していくビジネスを構築するには、このようなジレンマに陥らないようにする必要がある。社員一人ひとりがリスクをとれるようにし、短期的に利益が上がらなそうな場合でも創造的な活動を継続できるような環境を整えることが重要なのである。