思考力が高まる!「難解な専門書」を読むコツ

頻出する「法則」は頭に入れておく

ビジネス書などを読んでいると、よく出てくる「法則」があります。例えば、心理学の概念、医学の概念、マーケティングの概念など、分野ごとに存在するさまざまな法則です。

そこには、ある分野を学ぶうえで知っておくべき法則があって、その分野に関連したビジネス書には、どの著者が書いてもよく出てくるのです。

例を1つ挙げるとすれば、「ジョハリの窓」です。これは、自分からみた「既知」と「未知」と、他人からみた「既知」と「未知」をかけ合わせてできる4つの窓(表の欄)に、①「公開の窓」(自分からみて既知+他人からみて既知)、②「秘密の窓」(自分からみて既知+他人からみて未知)、③「盲点の窓」(自分からみて未知+他人からみて既知)、④「未知の窓」(自分からみて未知+他人からみて未知)があるという話で、心理学の本などによく登場します。

また、「プラシーボ効果(偽薬効果)」という法則もあります。これは、人は医師から処方された薬を飲むと、本当は効果がないものだとしても、その処方に安心し信頼することで、治癒の効果が生じるという法則です。これは、医師の本などを読んでいるとよく登場します。

ほかには、「ザイオンス効果(単純接触効果)」も挙げられます。これは、物や人に触れる回数が多いほど、人は好印象をもつようになり、購入意欲が促進されるという法則です。マーケティングの本によく出てきます。

どの分野にも、こうした法則があります。ビジネス書などをたくさん読んでいると、こうした法則に、さまざまな場面で遭遇するようになると思います。

その都度、「あれ、何だったっけ?」となるのもよいですが、読書の習慣ができて、ほかの本でも繰り返し出ることを知ったときには、スマホのノート機能にメモしておくのもよいと思います。そうしておくと、次に出てきたときには、その部分を飛ばして読めるようになると思います。

数多くの本を読めば読むほど、読む速度が自然と速くなりますが、これは、こうした頻出度の高い法則が「既知情報」になって、その部分のショートカットができるようになることも1つの要因です。

「概念」の正確な整理が思考力向上の最短ルート

読書で「思考力」を高めるためには、本に書かれている「概念」を正確に整理することがいちばんの近道だとわたしは思います。

よくいわれることですが、とくに「似て非なる概念」を押さえると、その専門分野の基本事項は理解することができるようになります。

例えば、法学であれば、わたしも大学1年生の受講生に対して前期の「法学入門」という授業でお話しするのですが、「無効」と「取消し」という概念は、法がその行為に効果を与えないという点では共通するため「似ている概念」です。

しかし、法の分野では、両者は異なるもので、「無効」は、いつでも、誰からでも主張できるもので、無効なものには最初から法は効果を与えません。

これに対し、「取消し」の場合は、主張できる人が限られ、主張できる期限も限られることになり、そのような取消権者が取消期間内に主張をして、はじめてその行為は効力を失うものとされています。この点で、「非なる概念」といえます。

また、大学法学部の税法の授業でよくお話しするのは、「所得税とは『個人が得た所得』に対する税金で、法人税とは『法人が得た所得』に対する税金です」ということです。

そして、「『所得』とは、利益のことで、わかりやすくいえば『儲け』のことです。収入ではありません。あくまで、収入から経費を引いた残額である利益に対して、所得税は課されます」という説明をしていきます。

この「所得」という所得税における利益を指す概念は、法人税でも「所得」であり同じ概念を使っているのですが、所得税の所得は「収入-経費」で計算するのに対し、法人税の所得は「益金−損金」で計算します。そして、法人の所得を計算する際に用いられるのは企業会計なのですが、会計上の利益は「収益−費用」で計算します。

これらは、同じ「利益」の計算である点で「似ている概念」です。しかし、税金の場合と会計の場合とでは概念が少し異なります。

なぜかというと、前者(税金)が公平な税負担を考えなければならないのに対し、後者(会計)は株主や投資家に経営成績を報告しなければならないという目的に違いがあるからです。こうした理由から、「非なる概念」になっています。

このように「似て非なる概念」は、まずは「似ている部分」、つまり共通点を探し、そのうえで「非なる」部分、つまり相違点を明らかにします。そして、最後に「なぜ、相違するのか?」を考えるとよいでしょう。共通点、相違点、その理由です。

こうした点について丁寧な説明をした入門書もありますが、説明が省略されている本もあります。専門性が高くなるほど、省略されることが多いので注意が必要です。専門性が高い本(専門書)の場合、基礎部分は知っていることを前提に書かれているからです。

しかし、そうした本を読んでいるあなたには「よくわからない」ということもあると思います。その場合には、読みながら登場する言葉(概念)に注意を払いましょう。そして、少しでも意味がわからないと思った言葉、あるいは前に出てきた言葉と似ていると思った言葉を見つけたら、その言葉の意味を調べるようにしましょう。

森信茂樹の『デジタル経済と税』(日本経済新聞出版社)という本に、「日本は、2015年10月から、国境を越えて行う電子書籍・音楽・広告の配信などのサービスを提供する国外事業者を登録させ納税させる制度を導入して、消費税を課すことが可能になりました」という説明があります。その後に、その経緯が書かれているのですが、最後に「しかし、法人(所得)税については、そのような対応は行われていません」と締められています。

この「法人(所得)税」については、先ほど述べたとおり、「法人が得た所得に対する税」が「法人税」です。つまり、法人税のことを指しているだけなのです。ところが、「(所得)」と入れられているのは、専門的見地からすると、「消費」に対する税金と、「所得」に対する税金を、税の性質としては分けて考える思考があるのです。

著者の森信茂樹は、おそらく、所得に対する税金である点を強調したくて、法人税にあえて「(所得)」を入れたのでしょう。

わからない専門用語は放置しない

このような専門性の高い本を読む場合には、本を読む際に言葉の意味を調べたり、確認したりしたほうがいい場合があります。少し面倒だと思われるかもしれませんが、高度な思考力を手に入れて、興味のある分野のことを深く知ろうと思ったら、基本概念の正確な理解が必要です。ぜひ、恐れることなく、専門性が高い本にトライしてみてください。

わたしもそうなのですが、自分の知らない分野を初めて学ぶときは、さまざまな恐れを感じるものです。また、難しくて素人の自分には理解できない(ついていけない)のではないかと不安に思うものです。でも、よく使われている言葉の意味を正確に調べて理解していくと、意外と簡単に意味がわかってくるものです。

わたし自身が、法律の中でも難解といわれる税法を独学で学ぶことができたのも、そういうことを一つひとつ丁寧にやってきたからです。立ち止まって面倒がらずに言葉の意味を調べてみましょう。そうした「心がけひとつで、世界は変わる」と思います。

専門性の高い本を読むときのポイントとしては、本の余白に、概念の図を書いてしまうとよいと思います。似たような概念を並べて、どう違うのかを簡単に説明する図を書くのもありですが、単に概念を並べて書いておくだけでも、「似て非なる概念」であることを認識することができます。

また、単純な図でも、説明されている文章があるページの余白に書いておけば、意味のある図になり、記憶に留まりやすくなるでしょう。