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「コストコ」から学ぶ、小売業復活のカギとは

コストコが日本進出してから21年。1年間に1店舗以上の出店を着実に続け、日本市場の中で影響力を増しています。当初は業務用大型スーパーのような位置付けだったコストコが、今や日本人女性から、自宅の近くにもっとも欲しい店舗と評されるまでに成長したのはなぜでしょうか?   小売・サービス業として消費者に支持され続けるための肝を、流通小売業のコンサルティングに約30年関わってきた筆者が、マーケティングの視点から分析していきます。

コストコは2つの会社が合併してできた会社

 コストコビジネスの始まりは1993年、米国のコストコ社とプライスクラブ社の合併によって生まれました。合併前のプライスクラブは76年、カルフォルニア州サンディエゴにある飛行機の格納庫を改造して作られた「プライスクラブ」という名前の倉庫店が始まりです。一方のコストコは83年に最初の倉庫店をワシントン州シアトルにオープンしました。  コストコは米国内おいて創業後わずか6年未満で売り上げをゼロから30億ドル(約3200億円)までに達成させた最初の会社となりました。その後、「コストコ」と「プライスクラブ」が合併して1つの会社になり、「プライスコストコ」という名で206店舗を出店し、年間160億ドル(約1兆7000億円)を売り上げるまでに成長しました。99年にコストコホールセールコーポレーションという社名に変更され、今のコストコの成長へとつながっています。  現在、コストコは世界第2位の小売業に成長しています(1位はウォルマート、3位はアマゾン)。コストコ全体の売り上げはすでに16兆円を超え、10年前と比べて2倍になっています。まるでIT企業のような成長率です。

強大な仕入れ力を誇る

 コストコはこの巨大な売上高をバックとした強大な仕入れ力を持っています。同時に、プライベートブランド(PB)の商品開発力も高く、同社のPBである「カークランド・シグネチャー」の売り上げはすでに4兆円を超えています。強大な仕入れ開発力の次は商品開発力によって、低価格での商品提供を実現させているのです。  通常はこれだけのバイイングパワーと開発力を持てば、より利益を稼ぐ方向に流れるものですが、同社の粗利率は今も低く、営業利益率も高いとは言えません。できるだけ低い粗利率と、無駄な経費をかけない圧倒的な販管費率の低さによって、会員にいいものを安く提供するという姿勢を貫いているのです。結果的に日本ではあまり見たことがないおもしろい商品が店に並ぶようになり、女性たちがこぞって買い物に行きたくなる店として支持率が高まっているのです。

コストコ最大の強みは「会員制ビジネスである」こと

 コストコ最大の事業の要は「会員制ビジネスである」という点です。  これは創業当時から変わっていない事業の肝です。  同社の展開する業種は正確には「ホールセラー」と呼ばれます。ホールセラーとは卸売業者のことです。卸売業者が卸値で会員に対して販売するという業態がホールセールクラブです。もともとは小売業や飲食業など事業者を対象に販売していたものを、会員の幅を拡大し、一般企業、ついには一般消費者にまで門戸を広げて商売をするようになったのがホールセールクラブの歴史です。  コストコはシアトルの1号店オープン当時から、法人会員と個人会員の両方を用意していました。当初より両方の会員拡大を狙っていたようです。今の会員制度は実は創業時から続いているのです。  コストコの企業哲学は「常に経費を節約し、その分を会員の皆様に還元していこう」という、大変シンプルなものです。  コストコは会員制です。会員になるには年会費を支払う必要があります。日本では法人会員で3850円(税別、以下同)、個人で4400円を毎年支払わねばなりません。それにもかかわらず、日本での会員は増え続け、19年度で600万人を超えています。しかも驚くのが、カード更新率が80%以上あるという点です。今どき、流通系カードはほぼ無料という時代に、有料でも会員であり続けたい客がこれだけいるというところにコストコの強さが見えてきます。まさに、ディズニーランドの年パスを買うような感覚であり、コストコに行くこと自体がレジャー化している証です。  ちなみにコストコの世界での会員数は増え続けており、19年度で9850万人います。有料会員だけで見ても5390万人です。世界で約1億人のファンクラブを持つ会社と言えば分かりやすいでしょうか。この会員組織がコストコ最大の強みです。

1店舗の売り上げは200億円超

 コストコは1店舗の売り上げが208億円ほどあります(筆者計算値)。つまり日本では26店舗で約5200億円の年商となります。  1店舗あたりの売り場面積はおよそ9300平方メートル(約2800坪)です。小売業の代表的な効率指標である年間1坪当たり売上高(年坪≒坪効率)に換算すると740万7000円です。日本の一般的な食品スーパーの坪効率が294万円ですから、2.5倍の効率をたたきだしています。  地方の郊外に立地して、都心の百貨店並みの坪効率をあげているのですから驚きです。  立地は郊外で、建物は倉庫型。華美な装飾はほとんどなく、店内にはしゃれたシャンデリアなどもありません。接客して売り込んでいるわけではなく、基本はセルフ販売です。客が自ら、縦102センチ×横122センチの専用パレットから商品を取り出し、それをカートに載せて運ぶのです。  おもてなしを最善とし、店には接客の要素を強く求めてきた日本で、このような店が一般的な店の倍以上の効率をあげられるまでにはなったのは一体なぜなのでしょうか。 そのカギは同社の理念にありました。

5つの理念に忠実だったから成長した

 コストコが創業以来掲げる倫理規定である「Five Guiding Principles」という5つの理念(経営指針)があります。同社はこれをひたすら守り続けているからこそ、経営の軸がブレずに、世界中で上手な経営ができていると言えます。その5つとは以下のような指針です。 【Costco Code of Ethics】 1.Obey the law.(法の順守) 2.Take care of our members.(会員を大切にすること) 3.Take care of our employees.(従業員を大切にすること) 4.Respect our suppliers.(取引先に敬意を表すること) 5.Reward our shareholders.(株主に還元すること)  ここでは特に上記の2~4に関連するポイントを整理してお伝えします。

「会員を大切にすること」

 日本の女性から圧倒的な支持を得ている理由は、「会員のために徹底的に安く商品を提供する」というポリシーによって実現しているその価格設定にあります。  1店舗の売り場面積は約1万平方メートル。食品スーパーの平均の10倍以上あります。  ところが取扱商品アイテム数は約4000アイテム。日本のコンビニの平均取り扱いアイテム数とほぼ同じ、イオンなどのGMSの3分の1以下です。  しかし、この絞り込みによって1品当たりの販売金額を増やすことが可能となります。  1アイテム当りに換算すると、日本だけでも1アイテムで1億3600万円の年間売り上げです。コストコ全社で言えば、1アイテム当たり約40億円の売り上げとなります。  メーカーからすれば、1アイテムだけでもコストコに納品できれば、年間で40億の売り上げになるわけですから、納入原価が厳しくとも、コストコとはぜひ取引をしたいと考えるのは当然です。  結果的に、日本では卸などの中間流通を通さないと取引しないという慣例を打ち破り、メーカーとの直接取引を実現させ、中間コストを省いて、その分、販売価格を抑えることに成功しました。  そのため、コストコは商品を市場価格より20%ほど安く提供できています。この圧倒的な価格力こそがコストコが女性に支持されている最大の理由です。

「従業員を大切にすること」

 ロースコストオペレーションをしながら、従業員に無駄な仕事をさせないようにする工夫がコストコではあちらこちらで見られます。  先日も川崎店に行った際にバックヤードを除く店内で働くスタッフを数えると、20人程度しかいませんでした。飲食や生鮮食品のバックヤードなども含めれば30人以上はいましたが、それでも同規模の店舗と比較したらかなり人数を絞っています。  しかし、従業員1人当たりの売り上げは高く、正社員1人で1億1000万円を超え、パートタイマーも含めた全従業員平均でも6400万円(いずれもコストコ全社平均)と大変高い生産性を実現しています。  しかし、現場で働いている従業員はいつもニコニコしています。スタッフ同士で適度に雑談しながら、楽しそうに働いている姿が印象的です。比較的、高い時給(出店地域の小売業の時給の中でコストコの時給はトップクラス。7月オープン予定の木更津店では最低時給が1300円。最高で1800円)ということもありますが、それ以上に、無駄な仕事が少なく、業務に集中できることが大きいのではないかと思います。  実際にコストコは女性が働きやすい職場としても有名です。  完全能力主義、オープンドアポリシー(上司と相談しやすい社風)、性別や国籍にかかわらずチャンスが与えられる機会均等制度が徹底されており、優秀な女性管理職も多く存在します。社内では「ジャーニーズ」という女性管理職のための社内交流会や勉強会などが企画され、女性同士の交流にも力を入れています。産休後の社員の復帰率がほぼ100%というのも、コストコの働きやすさを表しています。残業もほとんどないということですから、特に女性の働きやすさを意識した職場づくりをしていることが分かります。  売り場ではPOPも極力なくし、ついているのはブランド名、価格、容量などの最低限のものだけ。昼間、商品投入しているのは食品売り場くらいで、あとは時々乱雑になった衣料品売り場の整理整頓をする程度です。お直しやPOPの書き換え、商品の随時投入といった通常の小売店で常にやらなければならない業務から解放されているのです。従業員のことを大切にしつつ、ローコストオペレーションも徹底するという両輪を回しているからこそ、高い成長率を維持できるのです。

「取引先に敬意を表すること」

 コストコは「もうけすぎないこと」を徹底しています。前述したように、販売力がこれだけ高まると、もっともうかるように取引条件を改定したり、自社のPB比率を極端に上げたりと、エゴむき出しになることもあります。しかしコストコは、取引先にももうけてもらいたいと考えて商売をしています。  コストコでは一定以上の利益はのせないことが社内規定で決まっています。さらに、日本のコストコで売れれば、世界のコストコに広がる可能性がある。これは取引先にとっては大きな魅力です。これも全て取引先に敬意を表するというコストコの理念に沿って商売をしていることが、取引先の共感につながり、商売が広がっていった理由です。  結果的に、日本の店舗には世界から集まったさまざまなメーカーの商品やコストコのPBだけでなく、日本のメーカー・ブランド商品も多数並ぶようになり、品質に特に厳しい目を持つ日本の女性消費者を虜にしたのです。  取引先を大切にしたことが、会員にも支持されたということで、コストコの考え方がさまざまな人たちに共感され、結果としてコストコファンを20年かけて増やすことになったのです。  会員制というしっかりとした基盤を持ち、それを背景とした強大な仕入れ力、そしてローコスト運営による経費の低減による効率的な事業運営。  「会員の皆様への可能な限りの低価格」を事業の柱にし続けられる同社の工夫です。  1999年、コストコの1号店が福岡県糟屋郡の久山(ひさやま)に出店した時に私が見たコストコは、まだ米国型の、いわゆる「倉庫型の卸売店舗」でした。  しかし最近のコストコは、日本市場に見合った、日本ならではの「小売りのテーマパーク」へと進化しているように思います。  客を楽しませるための自社の独自性にブレがなければ、コストコはまだまだ日本市場で伸びていくのではないかと私は思います。  コストコの理念経営。私たちが学ぶべき点が多い企業です。