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デジタル化で幹部のキャリアパスに大異変!

デジタル人材の獲得・処遇が経営を左右する

新型コロナウイルス感染対策をきっかけに多くの企業では可能な限り、社員をテレワークとする勤務体系に移行した。そしてZOOMやSkype、Teamsといったアプリ・ツールを活用した働き方が一気に加速し、デジタルを活用し対面接触を極小化する新たなビジネスモデルも次々と生まれてきました。

1年前、いや半年前に私たちはこのような変化を予測できたでしょうか。テクノロジーの進展を織り込んだとしても、私たちを取り巻く経済や社会環境のうち、次の5年、10年でどのような変化が訪れるかを明確に予想することは難しいと言えるでしょう。

確実に言えることは、私たちは今後も「変化が当たり前の時代」に生きているということではないでしょうか。予測できない環境変化に直面した際に深刻なダメージを受け、立ち直りに時間がかかる企業がある一方で、影響を最小限に留め、素早く対応できる企業もあります。

変化に素早く対応している企業に限らず、デジタル人材の獲得に向けて高額報酬を提示したり、社内人材のデジタルネイティブ化に向けてIoT やRPA、AIスキルを習得させるための教育体系を再整備したりする動きが加速しています。

どうして企業はデジタル人材の獲得に躍起になっているのでしょうか。今や経営戦略や事業戦略を実現するうえで、デジタルで経営や事業をリードし、支えられる人材の確保はデジタルビジネス推進上のカギであるだけではなく、その成否が企業の存亡に関わると多くの経営者は感じているからでしょう。人材戦略が事業戦略のみならず経営戦略そのものに位置付けられる時代となったのです。

では「デジタル人材」はどのような志向性を有していて、従来の「ゼネラリスト型人材」とどう違うのでしょうか。

野村総合研究所(NRI)では2020年2月Web アンケート形式にてデジタル人材(デジタルビジネスに直接的に関与している社会人)、非デジタル人材(上記以外)に対して、ワークモチベーションの違いを分析しましたが、驚くべき結果が判明しています。

従来、デジタル人材の獲得やリテンションにおいて、話題になっていたのはスキル次第では高額な報酬が支給されている点でした。大学や大学院においてAIやデータサイエンスを学んだ学生には、新卒社員であっても1000万円以上の初任給を提示する企業も今や珍しくなくなりました。

しかしながら今回のWebアンケート結果が示したのは、デジタル人材は「働く企業の経営理念やビジョンが自らの価値観に合致するか」といった点や、「その企業や組織の組織風土やマネジメントスタイルのあり方」に共感できるかといった点がワークモチベーションに影響を及ぼすといった点です。

もちろん報酬に対する関心度は高いのですが、非デジタル人材と比較すると明らかにデジタル人材には経営理念・ビジョン、そしてマネジメントスタイルへの関心度が高いという結果となっています。

企業の上位概念やマネジメントスタイルをどのように社内のデジタル人材に対して打ち出していくかが、魅力的な報酬水準と同様に人材マネジメント上重要な課題となるのです。このような課題をどう方向付けしていくかは人事部門の役割というより経営課題として取り組む必要があるといえるでしょう。

DXを実現する組織・人材戦略

デジタルを活用して新しいビジネスを創出したり、既存の業務プロセスを抜本的に変革する、いわゆるデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)を実現するためには、デジタル人材を獲得するだけでは成果につながらないということを多くの企業が実感しています。

その実現に向けては、デジタルの専門知識・専門スキルを持つデジタル人材が、自社のビジネスや顧客に対して専門知識や経験を有するビジネス人材が「共創」した状態を作ることが不可欠です。

私たちはこの「共創」を生むためにはデジタル人材とビジネス人材双方を率いるミドルリーダーが必要だと考えています。そして、DXを進める過程で生ずるさまざまな軋轢やコンフリクトを経営者自らが既存の価値観や秩序にとらわれることなく乗り越える先頭に立つ必要があるのです。

ではそうした人材(デジタル人材、ミドルリーダー)をどのように獲得・育成、あるいは処遇していけばよいのでしょうか。

以下、デザインシンキングによるコニカミノルタの変革ミドル獲得、役員フラット化による既存秩序の破壊を行うトヨタ自動車、そして有期雇用形態を活用してデジタル人材を獲得する大日本印刷の例をご紹介したいと思います。

DXには、顧客・ユーザーを真に捉えた事業創造や業務改革を推進できる「変革ミドルリーダー」が必要となります。

コニカミノルタは売上の7割を占める情報機器事業がペーパーレス化やデジタル化の波を受け、顧客へ提供する価値の転換が求められています。これまでのような「モノ」売りから、人間を中心に見据えた「コト」売りへのシフトが必要になっており、そのような状況下で同社は「メーカー視点」でなく「顧客中心視点」に立ったデザインシンキングの社内浸透を進めることでDXに不可欠なミドルリーダーの獲得を図っています。

具体的にはデザインシンキングの浸透にあたり、目指す姿を「各事業のプロジェクト全体にわたって実践行動が当たり前に行われている姿」と設定し、創造的実践行動の指導者・推進者のリーダーを「デザインシンカー」とし、そのような人材が組織のそこかしこに散らばる状態を作り出し、高い価値をつねに生み出し続ける企業となることを掲げています。

このゴールに向けて、座学としての概論から始まり、実践版としてのトライアルプログラムまで用意しています。さらに、学ぶ対象者を組織におけるポジションにより層別し、立場に即した内容に組んでいるのです。

トヨタはフラットな「幹部職」を新設

また、トヨタ自動車は2019年、常務役員、常務理事に加え、従来基幹職と呼ばれていた管理職層の部長級、室長級、技範級の社員ランクを統合したフラットな「幹部職」を新設しました。

この幹部職の新設により、柔軟な抜擢人事が可能となりました。トヨタは自動車産業全体でCASE(Connected,Autonomous,Shared,Electric)と称される技術革新が進む中で、適所適材を実行するために、まずは経営層の階層をフラット化し、事業活動において求められる過去にないスピード感を実現するとともに、柔軟な人材配置を実現可能にする素地の構築を図っています。

フラット化は、まさに100年に一度の大変革の時代を生き抜くために、若手やベテランにかかわらず柔軟に抜擢することが狙いといえます。

さらに2020年3月には、副社長職を廃止、執行役員へ一本化する組織改正を発表し、トップも含めて組織をフラットにすることで改革のスピードを速めるとともに、有望な次世代リーダーを見極め、素早く適任人材を登用するための体制を強化しているのです。

旧来型の考え方を大幅に脱し、破壊的なスピード感で物事を前に進める体制を構築することも求められる制度基盤整備の1つといえます。

大日本印刷株式会社(以下DNP)は、ペーパーレスが進む中、いわゆる紙への印刷事業以外の事業を拡大させていくことが課題となっています。同社のケースは、まさにデジタル化の波にさらされ、現在の延長線上にないビジネスの拡大を図っている企業の好例といえます。

DNPでは、2015年より事業ビジョンに「P&I イノベーション」を掲げ、印刷(Printing)と情報(Information)という強みを活かし、従来の受け身の事業スタイルから新たな価値を創造することへの転換を進めています。

とくに「事業をまず作れる人、そして大型で複雑なプロジェクトを回せるリーダーが不足している」(同社役員)といった事情から、社外から見ても魅力的な報酬水準を提示することができる仕組みづくりとして、2019年より有期雇用形態にて高処遇で採用する「プロフェッショナルスタッフ」および「アソシエイトスタッフ」を新設しています。

プロフェッショナルスタッフについて同社は「特定の専門分野に関し、極めて高度の知識・技術を有し、本人の専門能力が事業運営上必要不可欠であると認められる者」と定義しています。ICTビジネスを拡大させていくために必要な、極めて高度な専門性を持つICT人材だけでなく、医療分野など、同社でこれまでに知見のない分野のスペシャリストもターゲットとしています。

高度な専門性を持つ人材を有期雇用で獲得することで、同社の無期雇用社員に適用する報酬テーブルではマッチングし難い人材に対し、いわゆる外部市場価値に見合った水準を提示できる仕組みといえるでしょう。

デジタル人材改革は人事問題ではなく経営問題

日本の多くの大企業ではデジタル化に向けてPoC(Proof of Concept、新しい概念や理論、原理、アイデアの実証を目的とした試作開発の前段階における検証)は行われるものの、新しいビジネスモデルの創造や抜本的な業務プロセス改革にはつながっていないという状況にあります。

デジタル化への取り組みにおいてPoC程度なら表面的な協力をするものの、大企業で働くヒトは「デジタル化がもたらす変化に自分自身が対応できるだろうか」「デジタル化によって自分自身の仕事や役割の存在意義がなくなってしまうのではないか、仕事自体がなくなってしまうのではないか」といった不安にかられ、それがさまざまなコンフリクトを引き起こしているのです。

そうした状況を乗り越えるために今こそ、経営者自らがデジタルを活用して実現したい目的、ビジョンや夢、情熱を自らの言葉で語らなければなりません。そのために必要な経験や気づき、インプットを経営層自らが自分の目で確かめ、実践し獲得することが不可欠となります。

そして本当に必要なことは、将来のリーダー候補人材に対して、デジタルで新しいビジネスを生み出し、業務プロセスを変革する機会を与えることでしょう。日本の会社においてこれまでのリーダー候補育成は、主に以下のような機会付与を行うことでした。

これまでのタレントマネジメント
· 複数の事業領域
· 優れた経営者の下での高い視座
· コーポレート(経営企画)での企画の仕事
· グローバルレベルでのM&Aや業務提携

これからは、上記に加えて以下が必要となってくるでしょう。

デジタル時代のタレントマネジメント
· デジタルで事業を立ち上げる経験
· デジタルで業務を変革する仕事
· ITエンジニアとマーケターを1つのチームとして束ねる経験
· ベンチャー企業のスピード感を経験

これは「タレントマネジメントをデジタル時代仕様に変えること」であり、それを経営層自らがコミットしてやり切ることです。

デジタル化に伴い人材戦略再構築は人事担当役員や人事部門単独で解決できる課題ではなく、「全社の重要経営課題」として位置付け、経営者自らがこの課題に取り組むことが不可欠なのです。