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新常態とテクノロジーの進化が地方に活路を開く

意外に高い若者の「地方移住」への興味

地方創生が、日本の抱える社会課題への解決策として全国民の重大な関心事となり、地方や国、また民間が一体となって懸命にさまざまな政策や対策を進めている。しかし、現在のところ、日本の人口動態、とくに少子高齢化の進展度合いや、東京をはじめとする首都圏一極集中の状況はほとんど改善されておらず、さまざまな統計指標から関連する数字を拾ってみると、状況はむしろ悪い方向に推移している。

日本全体を俯瞰すると、総人口は右肩下がりで減り続けているが、東京を中心とする都市部の人口はむしろ増えており、そのぶん地方では急激な人口減少に歯止めがかからないというわけだ。人口規模が一定を下回った場合、都市自体が存続できなくなる恐れがあると指摘されている。

こうした現状に直面すると暗澹(あんたん)たる気持ちになるが、一方で「希望の光」もある。

それは、従来とは異なる新しい価値観の登場である。ひと昔前の世代にはなかった「新しい生き方」の模索が、QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を重視する「新しい価値観」を生み出している。若い世代やアクティブシニア層を中心に、この国の未来にとって見逃すことのできない重要な変化の兆しだ。

若者の中には、地方生活に関心を抱き、実際に移住する人が増え始めている。次ページの図は、地方移住に関心のある人の割合を示す調査だ。3大都市圏の若年層を中心に、地方移住に関心を持つ層は意外と多いことがわかる。例えば、3大都市圏の20代では24.8%(約4分の1)の人が地方移住の推進に興味があると答えている。

さらに、ふるさと回帰支援センターへの来訪者、もしくは問い合わせする人の数も年々増えている。ふるさと回帰支援センターは、地方暮らしやIターン、Jターン、Uターンの支援、あるいは、その他地域交流を深める人の支援を行っているNPO法人である。

同センターで開催されるセミナーの数も、来訪者や問い合わせ数の増加に呼応する形で2015年から一段と増えている。こうしたことからも、地方移住への関心が高まりつつあることが垣間見えてくる。

もはや富裕層でなくても2拠点生活

完全に地方に移住するのではなく、片足を都心に残しつつ地方生活を楽しむ人たちは、都市と田舎の「2拠点生活(デュアルライフ)をする人」という意味から「デュアラー」と呼ばれている。

2拠点生活という言葉から、以前は富裕層の別荘や、お金と時間に余裕のある定年退職者がゆったりと過ごす田舎暮らしを想像された人も多いだろう。もちろん、そういった側面がなくなったわけではないが、近年では違う意味合いで2拠点生活をする人が増えている。年齢は20代から30代、収入は決して多くない層によるデュアルライフである。

「小さな子どもがいて、子どもたちを自然に触れさせるために地方ライフを楽しみたい」といった感覚で、2拠点生活をスタートしているのだ。

リクルート住まいカンパニーが実施した「デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態調査2018」によると、デュアラーの年代別割合は20代が29%、30代が29%となっており、若年層がデュアラーの約60%におよぶ。世帯年収は400万円から600万円が18%、600万円から800万円が18%、400万円未満が16%と、800万円以下の世帯が全体の過半数を占めている。富裕層が余裕を持って田舎暮らしをするのとは異なり、若い世代が中心だ。

いわば一般的な普通の人たちが気軽に2拠点生活をするようになってきているのがわかる。

地方都市は元来、土地や住居にかかるコストが低い。これに加えて、生活に欠かせない電気のコストも、太陽光発電や蓄電技術の進化で今後下がる可能性が高い。また、今やパソコン1台あればリモートで仕事をこなし、都会並みの教育やエンターテインメントにもアクセスできる。

2020年春、コロナ禍により在宅勤務を余儀なくされた人の多くは、それを強く実感したのではないだろうか。さらに、5G(第5世代移動通信システム)やxR(空間拡張技術)が本格的に進展すれば、リモートで実現可能なエクスペリエンスの質やカテゴリーが一層増えてくるだろう。ただ、地方都市に住む人は、残念ながらこの事実には気づいていないことが多い。

さまざまなテクノロジーをフル活用できるようになる将来において、都市部と地方部の生活コストがどう変化するのか、簡単な試算をしてみた。地方の隅々でテクノロジーの活用・定着が進み、効果が大きく出てくるタイミングとして2050年頃を視野に試算をした。

結論から言うと、現状では1人当たりの生活コスト差は30%で地方部のほうが安いが、2050年頃を想定したシミュレーションでは、生活コストが最大45%まで広がる可能性があり、コスト的には地方のほうが圧倒的に住みやすくなることが予想される(ここでいう都市は東京23区を、地方とは町村もしくは人口5万人未満の市を指す)。

このことは、所得の多寡にかかわらず、より多くの人がQOLを損なわずに持続的に生活することに対して追い風になる。つまり、地方に人を呼び込むうえではテクノロジーの進化を積極的に受け入れ、生活必需コストを最小限に抑えることができるかどうかが、重要な要素になる。

地方部の「食費」は今後、大幅に下がる

支出項目別に見ると、例えば地方部の「食費」は今後、大幅に下がる。コミュニティー構築がしやすく土地の価格が安い地方部においては将来、デジタル化の進展により自動化・工業化が進んだ農業が普及する可能性が高く、専門の農業法人や農家ではなく一般の人でもコミュニティーで集まって、ある程度の農業生産を行うことが容易になる。

さらには、テレワーク・在宅勤務を前提としたフリーランスが増え、職場の飲み会やランチでの外食機会が減少。デジタル技術によるマッチング率の向上や保存技術の向上により、コミュニティーでの食材の一括購入や、調理のシェアリングを通じた調達コスト低減、さらには地域コミュニティー間における余った食材のシェアリングなどにより、地方においては食費がかなり低下する。

つまり、自給自足とまではいかなくても、地域コミュニティー間で自足のような状況が増加すると想定される。

試算の結果、都市部は食費が17%増加するが、農業にかかる初期投資分などを加味しても、現在ですら都会部より32%安い地方が2050年頃にはさらに17%安くなる。その差は52%に広がると予測される。

では、住居費はどうか。住宅は地価の差の影響を最も受けるため、現時点においても都市部と地方部の差が大きい支出項目だ。都心は地価上昇が続いており、今後も一定の上昇が続くと仮定すると、都市部の住居費の低減は難しい。

一方、地方においては空き家が大量にあることが課題になっている。地方自治体によっては空き家を紹介するマッチングサイトを運営しているところもあるが、条件を問わなければ無料に近い格安価格で移住者に紹介されている。

テクノロジーに対する感度を上げる

空き家をリフォームし、安く提供するサービスが普及すれば、ただでさえ安い地方の住居費が、さらに安くなると考えられる。補助金利用も想定し、空き家の購入とリフォームで総額1000万を切る価格が実現できれば、住宅ローンの利用を考えても現在の平均よりも住居費は28%安くなる。これは、地方部で持ち家を持ったとしても都市部よりも63%安い価格で住める計算だ。

都市部とまったく同じ環境が整うとは言えないが、テクノロジーを徹底的に活用することにより、少なくとも現在よりは生活の質の面のギャップがかなり埋まると考える。ギャップが解消して生活コストが最大45%も安くなるのであれば、地方移住を考える人が増えてもおかしくはない。ここが私たちの考えている「一筋の光明」であり、実現に困難を伴う地方創生において頼るべき要素だ。

また、最近では在宅勤務が定常化する「ポスト・コロナ(コロナ後)」が盛んに議論されるようになった。コロナを経験したことにより、ある程度の数の会社が、コロナ後に常識となるテクノロジーや働き方である「ニュー・ノーマル」を受け入れるようになる。

大企業で働く人ですら、都心に通う必要がなくなり、地方移住を後押しする可能性があるのだ。実際にそうなるかどうかは、地方において、自分たちの魅力を引き出すためにテクノロジーを活用できるかどうかにかかっている。