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憧れの勤務地は「丸の内」から「リゾート」へ

コロナ禍による経済へのダメージが本格的に出始めています。中でもツーリズム産業(観光業)や、観光を基盤とした地域経済へのインパクトは非常に大きいものです。2020年3月以降、あらゆる国内観光施設で来場者数が激減し、収入が実質ゼロに近いレベルになっています。私は、農林水産省を経て外資の経営コンサルティング会社で働いた後、現在は長野県白馬村でスキー場を運営する白馬観光開発で社長をしていますが、白馬村では、観光入込客数の対前年割合が4月は20%、5月は5%と大きく減少しました。

1年を通して見ても重要な「稼ぎ時」であるゴールデンウィークの期間に、全国を対象に緊急事態宣言が出され、ほとんどの施設が営業自粛を余儀なくされた影響は大きいものでした。例えば、山頂に白馬三山の絶景を眺められるテラスやカフェ施設などがある「白馬岩岳マウンテンリゾート」は、昨年は1年間の5%に相当する来場者数がゴールデンウイーク5日間に集中していたのに、これが今年は完全にゼロとなってしまったのです。

この期間の休業・来場者数激減の観光業や地域経済への負のインパクトは非常に大きく、私が把握している限りで長野県内でも4件の宿泊施設運営会社が経営破たんし、地域の雇用にとってもマイナスの影響が出始めています。白馬村内では、開発計画がアナウンスされていたホテル・チェーンの民事再生も報じられるなど、今後の先行きにも不透明さが生じている状況です。

コロナ禍で生み出された、新しいツーリズムの形

今後インバウンド・ツーリズムの回復まで一定の時間がかかることや、国内旅行の動きも不透明であるなど、必ずしも今後の見通しは明るいとはいえない状況です。ただ一方で、コロナ禍に端を発した社会行動様式の変容が、新しいツーリズムの形を生み出すという希望の兆しもあります。

例えば、効率的な生活を追い求めて長年構築してきた「都市化=密集」が多大なリスクをはらんでいたことを、今回の新型コロナウイルスの蔓延が明らかにしました。これに対し、密集とは無縁の田舎でゆったりと時間を過ごせることの意義や、アウトドア・アクティビティならではの安心感と爽快感の重要性の向上などは、今後のツーリズムへのニーズを考えるにあたって重要な要素となりそうです。

withコロナ時代の社会行動様式の変容の中でも、とりわけ注目しているのはテレワークの有効性とこれを支えるインフラの急速な変化です。昨今の新型コロナウイルス感染症の影響下においては、さまざまな企業でテレワークの導入が広がり、大都市に集中し固定化されたオフィスで働く必要性が見直され始めています。Zoomなどのテレワーク・インフラの普及と相まって、特定の場所にとらわれない働き方が急速に一般的なものとなりました。

テレワークによる生産性向上については賛否両論ありますが、通勤時間の省略による家族と過ごせる時間の増加、「人がいるからやっていた」だけで必要性の低かった会議の廃止による残業の削減など、いわゆるQuality of Life(QOL、生活の質)の向上に一役買うことは間違いないようです。

ツーリズムにもこの流れは好作用します。コロナウイルス蔓延以前からも有給休暇取得率の低さなどの背景から、休暇を取りながら働く「ワーケーション」という概念が注目されてきていました。ただこれは、実際にはあくまで休暇の一環であり、普通の会社員にとっては仕事と休暇を両立させることが難しいという側面もあり、一般的に普及していたとは言いづらいものでした。

これが、企業にとってテレワークも業務の一環であることが普通に認知されるようになってくれば、休暇中に働くワーケーションではなく、日常的にリゾートにてテレワークで働くスタイル「リゾートテレワーク」が今後の新しい働き方の1つになると考えています。

リゾートテレワークが生産性を向上させる

同じテレワークをするのであれば都会の自宅の一室ではなく、より開放感が強く、気持ちのよい場所を選んで仕事を行いたいと思うのは当然の欲求です。勤務開始前や休憩時間、終業後に手軽に本格的なレクリエーションを楽しみ、心からリフレッシュすることで生産性も向上するでしょう。一時期、早朝から観光、海水浴、登山などのアクティビティをこなした後、定刻までに出社をする「エクストリーム出社」という言葉が出ていたことがありましたが、これを無理なく味わえるのが、「リゾートテレワーク」の環境です。

例えばスキーリゾートであれば、パウダースノーが降った朝一番だけはゲレンデに向かい、一通り楽しんだ後しっかりと業務を行ったり、夏に雲海を眺めながら涼しい山頂にあるコワーキングスペースで勤務をしたり、と想像するだけでも充実した毎日を思い描くことができます。

もちろん、すべての観光地が「リゾートテレワーク」に向くわけではありません。長期滞在が前提となるため、長期滞在に適した宿泊施設や滞在プランの存在はもちろん不可欠。多様で魅力的なコワーキングスペースの存在や、家族全体での滞在を前提としたサービスの提供、企業側とのタイアップの推進など、「リゾートテレワーク」の行き先に選ばれるための地域全体での努力も必要になります。

身近な事例を挙げて説明すると、白馬岩岳エリアでは、近年のインバウンド・スキーヤーの増加に伴い、リビングスペースやミニキッチン、洗濯機、バス・トイレが部屋に完備され、シェアキッチンなどの共同スペースも充実した長期滞在に向いた施設がすでに多く存在しています。比較的利用者が減少するグリーンシーズンであれば、スキーシーズンより割安な長期滞在料金プランがあります。

ゴンドラリフトで上がった山頂エリアの森の中やレストハウス内には、コワーキングスペースがあるため、そこを仕事場とする「ゴンドラリフト通勤」も可能です。また小さいお子さん連れの場合には、大自然の中でのアートやリトミックなどプログラムが充実したプレスクールがあり、現地在住のオーストラリア人による英語レッスンを受けることもできます。

エリア内の移動は、レンタカーの長期プランのほか、E-Bike(スポーツ電動自転車)の長期レンタルプランもあります。マウンテンバイクやトレッキング、アドベンチャー施設など、体を動かせるアクティビティも充実していることから、効果的にデスクワークの気分転換やストレス発散をしながら、便利にリゾートテレワーク滞在をすることができるようになっています。

都市オフィス再考、生産性と生活の質向上へ

白馬岩岳エリアでは、「リゾートテレワーカー」を受け入れるこれだけの条件が整っているとはいえ、実際の利用者はまだベンチャー企業や外資系企業などごく一部です。それは、多くの首都圏の大企業が、坪単価の高い都市中心部にオフィスを持つことがブランドイメージにつながると考えてきたからでしょう。

今回の新型コロナウイルスの蔓延を機に、都市のオフィスの優位性という概念が変わり、多くの企業で働く場所を再考し始める動きがあります。オフィスの家賃や住宅手当、通勤手当といったこれまで企業側が負担することが当たり前だったコストを、より生産性と従業員のQOL向上に直結するものに活用する。このような発想の転換を企業側にうながすため、1人でも多くのオフィスワーカーに大自然の中で長期滞在し、実体験してもらいながら費用対効果の高さを実感してもらうことが、リゾートテレワークを「当たり前」にするために今、必要なことだと考えています。

リゾートテレワークは長期滞在をすることが前提となるため、観光施設そのものだけではなく、レストランやスーパーマーケットなど地域経済内における消費拡大に大きく寄与することにもなります。平日の稼働率向上という観光業全般の課題に貢献することも間違いありません。

また、長期滞在してくれたお客さんがその地域の魅力をより深く理解してくれる確率も高まり、ロイヤル・カスタマーとして地域の応援団になっていってもらえることも期待できます。実際、白馬村ではウェブサービス会社の社長や広告代理店勤務者が地域に有益なアドバイス、人脈形成などをしているシーンをよく見かけます。この応援は、ふるさと納税などのような金銭面だけではなく、地域にとっての変化の触媒になるといった好影響もあるのです。

ワーケーションのように従業員の休暇が前提の業務遂行ではなく、リゾートテレワークという業務の一環としての新しい働き方に対する支援を企業側が行い、結果として地域経済が活性化していく。ツーリズムにとって負の影響の強い新型コロナウイルスではありますが、社会の変化は新しいビジネスチャンスでもあり、地域を挙げて体制を整え、ニーズの変化に応じた必要な変革を行っていくことが非常に重要だと感じています。