「因数分解」されていない言葉は相手の反応も薄くなる
一生懸命、内容のある話をしているのに、言葉が相手の印象に残らないとか、いまいち、相手の行動を引き出せないという人がいる。誰かに伝えても反応が薄かったり、言葉が「ふわっと」しているなんて言われたこともあるかもしれない。
例えば、「仕事がうまくいかない」という言葉を使う人がいる。
何がつらいのか、何がうまくいっていないのかわからないので、当人が大変そうでも周囲は手助けもできない。大抵「頑張って」と言われて終わる。
また、「頑張ります」という言葉を使う人もいる。たくさんいる。
安易に使ってしまいがちだが、何を頑張るのかわからなければ、下手をすれば考えなしの人に見えてしまう。
映画や本の感想を求められたときの「よかったです」という感想だって、何がよかったのかわからなければ、相手にその気持ちは届かないかもしれない。せっかく何かに感動して、SNSのコメントなどで気持ちを伝えようとしても、大勢のうちの1人になってしまい、相手に印象を残せない。
いずれもシンプルで思わず自然に口をついてしまいそうな言葉たちだ。だからこそ実感もこもるし、本人からしたら心の底からの言葉だろう。だが、シンプルでリアルな言葉だからこそ、ありがちで伝わらないということもある。どうやって強く、伝わる言葉にすればいいのか。
こういうときに、うまく言語化できる人は、頭の中で「言葉の因数分解」をしている。
例えば「仕事がうまくいかない」を分解していく。言葉の一つひとつを細かく割って、具体的にしていくことで「仕事がうまくいかない」という状況の正体を言葉で明らかにしていく。「会社の人間関係にストレスを感じている」のか「現場の作業が過酷すぎる」のか「アイデアが出ない」のか「上司が嫌い」なのか「やる気が出ない」のか……。
「仕事がうまくいかない」が含んでいる内容を徹底的に細かく具体化していく。
もう少し丁寧に順番を追っていこう。仕事という言葉の中にあるのは次の要素だ。
着替え・出勤の移動・出社・同僚との人間関係・あいさつなど・実際の仕事となっている各種のプロジェクト・後輩社員の教育・書類の内容チェック・アイデア出し・打ち合わせ・上長への報告・給与の振込み・人事の評価……などなど、全部はとてもあげられないし、個人個人の仕事や人生のタイミングによっても異なるが、一概に「仕事」といってもその言葉の中には無数の要素が含まれている。
同じことが「うまくいかない」という言葉にも言える。モチベーションが湧かない・失敗が続いている・評価されていない・嫌われている・組織風土が合わない・事業に興味を持てない・努力の方向が見えない・仕事が難しすぎる……などなど、これはこれでやはり無数の要素があるのだ。
具体的に掘り下げていく方法
この「仕事がうまくいかない」という悩みを因数分解する流れをシミュレーションしてみよう。これも慣れれば当然1人で脳内で秒速でできるようになる。
だが、最初は誰か、質問をしてくれる人にお願いし、実際に何度か質問を繰り返しながら具体的にしていくのがいいだろう。質問するごとに、言葉の具体性のレイヤーを上げていくイメージが持てるとわかりやすい。
・第1レイヤー
「ここで言う仕事ってなんだろう」→「顧客とのミーティング」
「うまくいかないってどういうことだろう」→「会話がうまく成立していない」
「顧客って誰だろう」→担当しているクライアント、中でも責任者や経営者など上位層の人に苦手意識がある。
「会話がうまく成立していないってどういうことだろう」→営業のトークスクリプトは頭にたたき込んでいるが、どうしてもクライアントとの気軽な世間話ができなくて、精神的な距離が開いてしまう。
「経営者などクライアント上層部に苦手意識があるのはなぜだろう」→上位層が求める世間話に対応できていない。
「気軽な世間話ができないのはなんでだろう」→文化的、教養的な欠如を感じている。またそれによって顧客に教養のなさがバレるのが恥ずかしい気持ちになる。
ここまで掘り下げてみる。そうすると、「仕事がうまくいかない」という悩みが単なる悩みではなくなる。この状況を言葉の因数分解によって正確に表現すると、「仕事でクライアントの経営層と会話するときに、教養がないことがバレるのが恥ずかしくて、思ったように会話ができない。この状況に自信を失い、ストレスを感じている」ということがようやく明確になるわけだ。
ちなみに、「うまくいかない」の内容が1つだけではないこともある。課題が複数あった場合でも因数分解の過程は同じだ。何度でも繰り返せばいい。こうやって段取りにしたがって思考を言語化していく作業は、実際にトライしてみるとそんなに難しいことでもない。
時間はかかるかもしれないが、言葉という補助線を使って、自分の意識という暗い谷底に降りて、問題という鉱石を見つけるような作業のイメージだ。
こうやって思考を言語化する作業を試みてみると改めてわかることがある。人間は意外に自分のことをわかっていないのだ。何より、人間にとって、思考というなかなかに面倒くさい作業を避けて楽をしようとする。思考の過程で、「仕事がうまくいかない」とか「よかったです」みたいな大雑把で便利な言葉を見つけてしまうと、そこで思考を止めてしまう。間違っていないからだ。
だが、正確ではない。思考は正確な言葉で表現しないと、本当はもっと深い思考にたどり着く可能性があっても、途中でその行き先を見失ってしまうのだ。
発明王エジソンは「人間は“考える”という真の労働を避けるためなら、なんでもする」という言葉を残している。「考える」しかないというのに。
「悩む」ことに意味はない
言葉を因数分解することで思考を明確にする。これがいちばん効くのは人生の進路や次の行動に漠然と「悩んでいる」ときだ。これも、思考を因数分解して言葉にすることで、問題の本質や自分が進むべき進路が見えてくる。
漠然と「悩んでいる」人も多いが、言葉を選ばずに言うと、それがいちばん無駄な行動だ。
「悩む」のは、なんとなくわからないままグズグズするということ。前に進むことも、逃げることもしないで、思考が同じ場所にとどまり続ける。水や空気と同じで、思考も変化しないで同じ場所にとどまっていると、どうしてもよどんでしまうものだ。そこを因数分解しないといけない。「悩む」という言葉を封印して、思考を因数分解し、言語化していかないと、行動に移せない。
僕はもともと大手企業の会社員から独立し、自分の会社を作ったというキャリアのため、広告・メディア業界の知人から、「会社を辞めようか悩んでいるんです」という相談を受けることが多い。
これには今のところ100%断言できる法則があるのだが、「会社を辞めようか悩んでます」と言って相談にくる人が会社を辞めることはない。悩んでいるということはモヤモヤと漠然とした思考が言語化できていないということなのだ。
思考が明確になっていないのに新しい行動をとれるわけがない。せっかく入った大手の広告会社やメディア企業を辞めるにはそれなりの思考に基づいた断固たる決意と、未来に向かう具体的な計画が必要です。
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