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日本人の労働生産性が上がらない決定的な要因

新型コロナウィルスの感染拡大で在宅勤務が推奨されたことから、多くの企業が在宅勤務を導入し、新しい働き方が始まったと報道されました。

 

では、本当に、日本企業の働き方に大きな変化が起きたのでしょうか?

テレワーク(在宅勤務)の普及度合いについては、厚生労働省がLINEと共同で3回にわたって実施した「新型コロナ対策のための全国調査」アンケート調査があります。

それによると、オフィスワーク中心(事務・企画・開発など)の仕事のテレワーク実施率は、4月12~13日時点で全国平均27%です。緊急事態宣言前に比べ大きく伸びたものの、政府目標である7割には届いていません。

都道府県で大きな差があり、東京都では52%ですが、5%未満の県も多くみられました。

 

コロナ以前の在宅勤務については、総務省『平成30年版 情報通信白書|広がるテレワーク』にデータがあります。それによると、企業のテレワーク導入率は、2013年の9.3%から15年には16.2%に高まったものの、その後低下して、2017年には13.9%になっています(次ページの図表2)。

前出した厚生労働省/LINEの調査と情報通信白書の調査とは、定義や範囲などが異なるため一概には比較できないのですが、厚生労働省/LINEの3月31日~4月1日の全国の数字が13.99%であることから、ほぼ同じようなものと考えることができます。

すると、次のように言えるでしょう。

 

(1)日本における在宅勤務は、コロナ直前まであまり進んでいなかった
(2)コロナでかなり増えたが、まだ不十分な状態

では、なぜテレワークが進まないのでしょうか?

これに関しては、「テレワークの最新動向と総務省の政策展開」(2019年5月31日)が「テレワークを導入しない理由」の調査結果を示しています(元調査は、平成29年通信利用動向調査、2018年5月25日)。

結果は、「テレワークに適した仕事がない」が74.2%でトップ。

そのほか、「情報漏洩が心配だから」(22.6%)、業務の進行が難しいから(18.4%)、導入するメリットがよくわからないから(14.7%)、社内のコミュニケーションに支障があるから(11.3%)、社員の評価が難しいから(8.8%)などとなっています。

これをみると、テレワークに対する理解が十分でなく、また、日本企業における仕事の進め方が導入の障害になっていることがうかがえます(この点については、後述します)。

異常に低い日本の在宅勤務率

「Global Remote Working Data & Statistics、Updated Q1 2020」は、世界各国のテレワークの状況を示しています。

「柔軟な仕事場のポリシーを採用する企業の比率」と、「柔軟な仕事スタイルがニューノーマルになると考える人々の比率」という2つの指標で評価をしています。前者は、在宅勤務企業を認める企業の比率であり、後者は、「在宅勤務が望ましいと考える人々の比率」であると解釈することができるでしょう。

前者の指標でみると、日本は著しく遅れています。ドイツ80%、アメリカ60%などに比べて、日本は30%をわずかに上回る水準でしかありません。ここで取り上げられている国は、欧米諸国以外に中国、インド、メキシコなどがありますが、いずれも50%以上です。日本の低さは、異常なほどです。

他方、後者の指標でみると、日本は80%であって、最も高い水準です。ドイツ、フランスは68%、アメリカは74%でしかありません。

つまり、日本では、「労働者が在宅勤務を望んでいるのにもかかわらず、企業がそれを認めない」ということになります。

テレワークを導入できるかどうかは、業種や仕事の内容によって異なります。例えば、研究開発的な仕事はテレワークを導入しやすいのに対して、対人サービス業や製造業では、導入は容易ではありません。

しかし、日本とドイツを比べると、産業構造にはさほど大きな違いはありません。

それにもかかわらず上のような結果となるのは、日本の企業が何か深刻な問題を抱えていることを示唆しています。

OECDは、労働生産性のデータを公表しています。

それによると、日本の労働生産性(就業者1人当たりのGDP)は、危機的とも言える水準です。

2018年において、日本はアメリカの58.5%でしかなく、韓国以外に、トルコやスロベニアにも抜かれています。

世界でトップのアイルランドに比べると、わずか4割でしかありません。

まさに「惨憺(さんたん)たる状況」としか言いようがない状態です。

労働生産性の低さは、日本でテレワークが進展しないことと密接にかかわっているのではないでしょうか?(図表3)

テレワークを導入しないから、労働生産性が低い?

「テレワークの最新動向と総務省の政策展開」は、テレワークを導入していない企業の労働生産性=(営業利益+人件費+減価償却費)÷従業者数は、599万円であり、テレワークを導入している企業の労働生産性957万円の1.6分の1でしかないことを指摘しています。

もちろん、上述のことから因果関係を導き出すことはできません。つまり、「テレワークを導入していないから生産性が低い」のか、「生産性が低いからテレワークを導入できないのか」、どちらであるのかを判定することはできません。

おそらく、共通の原因が両者を決めているのでしょう。つまり、仕事の進め方に問題があるために生産性が低く、また、テレワークも導入できないのでしょう。

そして、仕事の進め方が適切な企業は、生産性が高く、また、テレワークも導入できるのでしょう。

では、上で述べた「仕事の進め方」とは、具体的には何でしょうか?

次の2つを指摘することができます。

1つは、勤務の評価が成果主義になっているかどうかです。日本企業では、多くの場合に、そうではなく、勤務時間よって評価をするのが一般的です。

このような組織では、オフィスに「いる」ことが最重要だということになります。「在宅勤務では、従業員が管理者の目に届かないところにいるため、勤務の管理が難しい。だから、在宅勤務を認めない」ということになるのです。

これは、前記「テレワークの最新動向と総務省の政策展開」でも、「業務の進行が難しい」、「社内のコミュニケーションに支障がある」、「社員の評価が難しい」という回答として現れています。

第2は、日本の組織における事務処理やデータ処理が、IT(1980年代以降に発達した情報通信技術)に対応したものになっていないことです。

PCやインターネットを導入しても、クラウドの利用には消極的で、自社のサーバによって企業内LAN(Local Area Network:社内ネットワーク)を構築しています。

このため、在宅勤務をするためには、VPN(Virtual Private Network)を経由せざるをえず、ハッカー攻撃に脆弱な仕組みになっています。

それどころではありません。多くの企業は、いまだに「紙」中心の事務処理を行っており、デジタルデータへの移行が進んでいません。多くの企業が、コピー機とファックスに頼っており、メールとPDFで事務処理を行うようになっていません。これでは、リモートワークなど、望むべくもありません。

また、ハンコ文化から脱却できておらず、在宅勤務になっても、契約書や官庁に提出する書類に印鑑を押すだけのために出社しなければならない場合が多いといわれます。

紙中心主義もハンコ主義も、企業の内部であれば改革ができますが、社外との関係において続けざるをえない場合が多いのです。

日本の低生産性の原因をはっきりと示した

とくに問題なのが公官庁です。紙とハンコ主義の権化のような存在です。

「メールにPDFや写真を添付するのでは駄目。PCのデータを印刷するか、元の書類をコピーして郵送せよ」と言われます。プリンタもコピー機も、ずっと前にご用済みにしてしまったので、どうしたらよいのかと途方に暮れてしまいます。

「10万円給付金の申請はマイナンバーを用いてオンラインでできる」と言ったものの、いざ始めてみると、住民基本台帳との照合のために市町村で著しく手間がかかる作業を行わざるをえず、結局のところ、「オンラインより郵便のほうが速い」という、信じられないような事態になってしまいました。

この騒動は、日本の低生産性の原因がどこにあるかを、はっきりと示したのです。

コロナは、日本が抱える問題の本質を暴露したことになります。