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Amazonの「レジなし技術」外販へ

米国内でレジのないコンビニエンスストア25店を展開する「アマゾン・ゴー(Amazon Go)」はその中核技術「ジャスト・ウォーク・アウト(Just Walk Out)」の販売を始めた。これは収益向上のためにアマゾンが行っている多角化戦略の一環で、今後は自社でソフト開発ができない企業も、顧客体験を向上させる先進技術が使えるようになる。一方、アマゾンはブランドイメージを拡げるとともに、消費者の購買行動に関する中身の濃いデータを入手できる。


他社への販売で開発コストに+


アマゾンが開発したジャスト・ウォーク・アウト技術は、レジのないアマゾン・ゴー店内で、顧客がスムーズで快適な買い物をする助けとなる。買い物客は入店時にアプリをスキャンし、棚から商品を取り、会計を待たずに店を出る。レシートはあとで自宅やオフィスに送られてくる。

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ワシントン州シアトルの食料品店/Getty Images


アマゾンはこの技術の特許を取得しており、いまもアルゴリズムの改良を続けている。この技術を他社へ販売することでアマゾンは開発コストを埋め合わせられるだけでなく、収益も向上させられる。過去十年間、シリコンバレーの企業は新技術を自社開発してきたが、現在は発想を転換し、オープンアクセスを許可するとともに外部パートナーとの協業も行っている。

「購買行動データ取得」、AWSの顧客獲得意図も


アマゾンは、技術開発と事業成長を支えるインフラへの投資を並行して続けている。ジャスト・ウォーク・アウト技術は、アマゾンに3つのメリットをもたらす。

1つ目は店舗を増やすことで食料品/コンビニエンスストア部門の収益を上げられること、2つ目は購買行動のデータをこれまで以上に取得できること、3つ目はライセンス使用料を得られることだ。さらにジャスト・ウォーク・アウト技術のライセンス契約を結んだ会社は、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)も一緒に利用する可能性が高い。アマゾンは先進技術、データストレージ、クラウドサービスなどさまざまなプラットフォームで自社の能力を伸ばし続けている。

最大の魅力は「商品にタグを付けなくていい」


ここ20年ほど、小売業界は無線自動識別(RFID)アプリケーションを利用してきた。RFIDの場合、ビーコンなどの技術を使って対象の商品を特定してデータを収集するために、個々の商品にタグを付ける必要がある。業務を垂直統合している企業はRFIDを活用することで、商品の動きを追跡でき、商品企画などの問題点にもいち早く気づけるようになるが、大半の会社はコストが見合わずRFIDの用途を絞らざるをえなかった。調査会社イーマーケター(eMarketer)の首席アナリスト、アンドルー・リプスマンによれば、「RFIDは高コストで、とくに在庫回転率の高い商品はタグを付けるための人件費がかさむ。RFIDの導入プロセスは難しくてやっかいだ」という。

アマゾン・ゴーで使われている技術なら、個々の商品にタグを付ける必要はなく、カメラの映像とセンサー、ディープラーニングを組み合わせて、顧客が買い物しているあいだに商品をリアルタイムで追跡する。スムーズで快適な購買体験は究極の利便性をもたらす。この技術はアマゾン傘下の食料品スーパー「ホールフーズ」でも採用されると見られていたが、近い将来にそうなるかどうか、会社の方針はまだ明らかにされていない。全米で3000店のアマゾン・ゴーをオープンする計画が発表されただけである。

 

2019年のオンライン収益比率は50% 2017年の61%から激減


LVMHやVFコーポレーション、アマゾンなど、現代の消費者の期待を上回るスピードで商品を配送できる企業は、多角経営を通じて収益も純利益も着実に向上させている。アマゾンの収益源は、オンラインストア、実店舗、出品者の販売サポート、定額制サービス、AWSである。2019年、アマゾンは米国のインターネット商取引における全収益の38.7%を稼ぎ出した。しかし、AWSと出品者の販売サポートのビジネスモデルは変化しつつある。

2019年の年次報告書によれば、オンラインビジネスはアマゾンの収益の50%で、2017年の61%から低下している。AWSの収益は2017年の10%から2019年同期には12%に増加した。しかもAWSはアマゾンで最も利益を上げている事業であり、売上げの12%にあたる純利益の63%以上を稼ぎ出している。年次報告書には、AWSの純利益の伸びはユーザー数の増加とコスト構造の見直しによるものと書かれている。

オンラインストアが他の事業の収益を導き出す


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アマゾン広告収益のグラフ/WWW.EMARKETER.COM

AWSが高い利益を生み出す一方で、オンラインストアは他の事業が収益を上げるための手段となっている。「アマゾンのオンラインストアの売上げが他の事業の収益を生み出しています。たとえば広告はアマゾンにとってきわめて収益性の高い事業であり、デジタルでの売上げが伸びれば広告収入も伸びるのです」とリプスマン氏は言う。アマゾンの広告収入は2017年の33億ドルから、2020年にはそのほぼ4倍にあたる131億ドルになると予測されている。

データは誰のものか?


アマゾンはジャスト・ウォーク・アウト技術を通じてデータを収集しており、この技術を販売する際には買い手に顧客情報を要求するため、他社がジャスト・ウォーク・アウト技術を使用する場合、データは誰が所有するのか(誰とシェアするのか)という問題を解決する必要がある。

リプスマン氏はこう述べる。「アマゾン・ゴーのジャスト・ウォーク・アウト技術は、オンラインの売上げはわずか3%という市場の消費者行動に関する膨大なデータをアマゾンに提供することになります。アマゾンは食料品/コンビニエンスストア業界に関する知見を得ることで、この分野でも重要な役割を担うようになるでしょう。アマゾンとデータをシェアすることを望まない企業は、迅速なレジシステムに特化した技術系の小さな会社がいくつかあるので、それらが良い選択肢になるかもしれません」

今後数年間に、この業界ではデータの所有権に関して、現在開発中の業務を含めて多くの規制が施行される可能性がある。アマゾンはこの件については態度を明らかにしていない。

ジャスト・ウォーク・アウト技術は、コンビエンスストアや食料品店での買い物客の動線を変え、こうした技術に不慣れな客の行動変容までも引き起こすだろう。この技術の便利さを知った買い物客は、他業種の店でも使いたいと思い始めるにちがいない。