· 

スペースX社の快進撃が止まらない

●ISSへの輸送コストはわずか1/20に  2020年5月30日、2名の飛行士を乗せたスペースXの宇宙船「クルードラゴン(Crew Dragon)」がISSへ到着、米国の有人宇宙飛行としては2011年以来9年ぶりの快挙となった。

 

米国はこれまでロシアの宇宙船ソユーズに依存しており、民間企業の有人宇宙船がISSへ接続するのも初めてとなる。

 

 スペースXはご存じの通り、電気自動車(EV)大手のテスラ創業者、イーロン・マスク氏が2002年に創業した宇宙開発企業。同社がこれまで手掛けたことは、民間企業として初めて実現したものばかりだ。

 

たとえば、2010年には民間企業として初めてISSへの物資輸送を実現。

 

また、打ち上げロケットの回収を実現したのは官民問わず、史上初となった。  

 

スペースXが宇宙事業の商用化を牽引する存在になったのは、NASAが宇宙事業を民間へ委託する方針へと転換した点が大きい。2011年のスペースシャトル退役以降、米国がロケット打ち上げを行ってこなかったのは、膨大なコストがかかることが要因だった。

 

そこでNASAは民間の自由競争によってコストを削減するよう、ISSへの物資輸送を民間に委託するCOTS(商用軌道輸送サービス)プログラムなどを推進してきた。  実際にスペースXは、宇宙事業のコスト削減を実現してきた。

 

従来、米国政府が主導して打ち上げる人工衛星は1基あたり2億ドル要していたのに対し、スペースXは1回の打ち上げの価格が6,000万ドルと言われている。  

 

ISSへ輸送する1キログラムあたりのコストは、5万4,500ドルから2,720ドルへ低減されたとの試算もある。委託したNASAにとっては大きなコスト削減となったわけだ。

 

●なぜスペースXは大幅コスト削減に成功したのか  スペースXが大きくコストを削減できる理由の一つが、その製造プロセスだ。機器の7割以上を内製していると言われ、垂直統合を追求しているのが特徴とされる。部品の設計から組み立て、ソフトウェア開発まで、ほとんどの工程がカリフォルニアの工場で行われる。  

 

多くの工程が手作業で実施されてきた従来の宇宙事業に対し、3Dプリンターなどの最新IT技術を駆使している点もコスト削減に寄与している。  

 

ロケットエンジンは数百もの部品を組み合わせる複雑な産業機械なので、その製造は非常に困難なものだった。しかし、複雑な金属部品でも3次元モデルでの設計・製造を内製することで、品質の維持、リードタイムの削減、知的財産の流出防止などの効果が得られたという。  

 

クルードラゴン内の映像が明らかにしたように、コックピットに配されたダッシュボードも、ボタンや計測機器で一杯だった過去の宇宙船と比べ、極めてシンプルな構成になっている。  

 

物理的なボタンよりも、ソフトウェアの表示・操作を重視するのは、テスラの自動車にも共通する設計思想と言える。製造の観点からも、タッチパネルに集約されたコックピットにより、設計・組み立ての難易度が下がり、コスト削減につながる。  

 

スペースXが実現したロケットの再利用もコスト削減に寄与する。毎度、すべてのロケットを製造する必要がなく、繰り返し使うことで、その性能が検証可能だ。使い回せない部品であっても、前回の打ち上げデータを基に、設計から製造までの検証サイクルを回し、部品の改良につなげられる。

●人工衛星打ち上げの「相乗り」を含め、宇宙関連サービスの多様化が進む  

 

スペースXは民間企業として利益を生むビジネスモデルを築く必要がある。その顧客となるのはNASAや米国空軍といった政府機関と、通信会社を含む民間企業となる。  

 

公開企業ではないので、その売上の額は分からないが、2020年に実施される15回の打ち上げ、1回あたり8,000万ドルの価格を仮定すれば、その売り上げは12億ドルに達すると予測されている。  

 

スペースXは主に2つのロケットによる打ち上げサービスを提供している。中型ロケットのファルコン9は、人工衛星がとる低軌道までであれば22.8トンまで運搬でき、その料金は6,200万ドルだ。

 

また、大型のファルコン・ヘビーは、63.8トンまで運搬可能な大型ロケットで、9000万ドルの料金がかかる。  スペースXは新たなサービスとしてライドシェアリング型のビジネスモデルを発表した。

 

小型の人工衛星をファルコン9に「相乗り」させ、1回のロケット打ち上げで複数の衛星を軌道に乗せる計画だ。200キログラムで100万ドルという価格となっており、4カ月に1回の打ち上げが見込まれている。コスト低減により宇宙事業がより活発化されるという期待がかかる。  

 

スペースXは人工衛星を使ったインターネット接続サービス「Starlink(スターリンク)」を進めている点でも注目されている。同サービスはインターネット回線が限られている新興国を含め、地球規模で安価な接続環境を提供することを目的としている。  

 

2020年6月までに6度の打ち上げが行われ、500基の人工衛星が運行するようになった。いつ、どの程度の価格でインターネット接続が実現されるかは不明であるが、スペースXにとって、世界にまたがる新たな収益源へ発展する可能性がある。

 

 今回の有人宇宙飛行に利用されたクルードラゴンも今後の商用利用が見込まれている。さらに、現在のファルコン9を改良した新型ロケットとしてスターシップの開発が進んでいる。より多くの重量を積み、月や火星を目指すための大型の宇宙船を含む。

 

●市場シェアは6割に到達、スペースXは独占的な地位を築きつつある  米調査会社のレポートリンカーによると、全世界におけるロケット打ち上げサービスの市場規模は、2018年の89億ドルから年率17.2%で成長し、2026年には300億ドルに達すると予想されている。政府や民間からの投資が増加し、人工衛星の利用増加が市場拡大に寄与する見込みだ。  

 

成長する同市場の中でもスペースXは急激に市場シェアを伸ばしてきた。2013年はロシアが支配的で、スペースXは5%のシェアに過ぎなかったが、2018年には商用利用の60%を占めるに至った。

 

そのコスト競争力と技術力を武器に、今後もシェア獲得が期待される。  

 

スペースXの急成長は、その企業の評価額に反映されている。2002年の資金調達では2700万ドルだった評価額は2019年には333億ドルまで上昇した。

 

これまでの実績の表れであり、有人宇宙飛行の実現により、その評価は今後も上がる可能性がある。インターネット接続サービスStarlinkが商用化されれば、その評価額は1200億ドルになるという予測さえある。  

 

スペースXの他にも宇宙事業に取り組む民間企業はあるが、今のところ、スペースXがそのリーダーとしての地位を築いている。

 

NASAのCOTSプログラムには、Cygnusロケットを開発するorbital ATKや、ボーイング社が参加しているが、スペースXのような成果は上げられていない。

 

宇宙旅行についても、アマゾンのジェフ・ベゾス氏が出資するBlue OriginやVirgin Galacticが参入しているが、やはりスペースXが先行している。  

 

Starlinkと同様に宇宙からのインターネット接続サービスの開発を目指していたOneWeb(ワンウェブ)は、本格的な運用に入る前に破産申請をするに至ってしまった。ソフトバンクビジョンファンドから投資を受けていた同社であるが、宇宙事業の技術的・ビジネス的な難しさが窺える。  

 

さまざまな困難を乗り越えて業績を積み上げてきたスペースXであるが、有人宇宙飛行については、まだ試験飛行である点は忘れてはならない。安全な飛行が繰り返し行える点を検証し続ける必要があり、一度の失敗が宇宙事業を後退させてしまうリスクさえある。コスト削減と安全性を追求し、航空業界のように宇宙事業が広く普及していくことが期待される。