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トレンド入りしている【民度】とは何か?

麻生太郎財務大臣の「民度のレベルが違う」発言が話題になっている。

新型コロナウイルスへの対応が緩かったにもかかわらず、感染者数、死者数ともに欧米諸国に比べて桁違いに少なかった「日本の奇跡」を「民度」という言葉で表現した発言だ。民度は、ネットではしばしば日本の優秀さを物語る言葉として登場してくるが、民度とはいったいどういう意味なのか。その実態を明確に示すことができる人は少ないのではないか。

そもそも、新型コロナウイルスで事業の継続に苦慮している人たちを支援するプロジェクトで、ほとんど運用実態のない幽霊会社を通して何10億円もピンハネするような政治がまかり通っている日本の民度が、高いレベルとは到底思えない。東京高等検察庁検事長だった検事が賭けマージャンの常習者だったという国の民度は、ほんとに高いのか……。民度の中身について国際統計などを使って検証してみたい。

「民度」とは何か?

辞書などを見ると民度の明確な定義はないように思われる。真偽のほどはわからないが、明治5(1872)年の政府議事録の文言に民度という言葉が記載されている、といわれており、古くから使われている経済や貧富の度合いを示す言葉と解釈されている。

具体的にどんな基準が民度の判断材料になるのだろうか。以下ざっと挙げてみると、次のようなものが考えられる。

●教育水準(大学進学率、生涯教育の水準)
●貧困の度合い(貧困率、最低賃金、平均給与など)
●治安(犯罪発生率、社会的安全性、セキュリティ、平和度など)
●雇用環境(失業率、パワハラ発生率など)
●道徳観(道徳観、セクハラ発生率、秩序への認識度合い)
●腐敗の度合い(汚職や賄賂の社会的認知度)
●衛生観念(健康な国かどうか、平均寿命など)

ざっとこんな項目が考えられる。これらの国際ランキングを見れば、日本の民度が本当に高いのか、とりわけ、今回、麻生財務大臣が「民度が低い」と批判した「新型コロナウイルスによる死者数や死亡率の高い地域」と比較してみることができる。イタリア、スペイン、フランス、イギリスそしてアメリカといった先進国、加えてロシアやブラジルといった最近になって、数多くの死者数を数える国との比較も必要になるかもしれない。

こうした多種多様な分野での国際ランキングを実施している機関といえば、「OECD(経済協力開発機構)」が有名だが、OECDのデータなどを駆使して導き出した7つの国際ランキングから、日本の民度を分析してみよう。

<教育水準>

まずは、日本は教育水準が高く、国民はみんな賢いと思われがちだ。実際に若年層の80%近くが高等教育段階に進んでおり、これはOECD諸国の中でもトップクラスのレベルといってよい。ところが「大学進学率」を見ると、次のようになる(2010年、OECD)。

◆大学進学率◆
1.オーストラリア……96%
2.アイスランド……93%
3.ポルトガル……89%
4.ポーランド……84%
5.ニュージーランド……80%
9.アメリカ……74%
10.韓国……71%
16.イギリス……63%
21.スペイン……52%
22.日本……51%
(出所:OECD「Education at a Glance 2012」)

日本はかろうじて22位であり、大学進学率はOECDの平均63%を大きく下回っている。ちなみに、日本では大学進学率が低いうえに、社会人が大学などで学ぶ「生涯教育率」は先進国では最低レベルだ。30歳以上の成人の通学率(OECD、2012年)を見ると、第1位はフィンランドで8.27%、第3位のイギリス(7.67%)、6位のスペイン(5.69%)に対して、日本は18位の1.60%。先進国の中では最下位だ。

<貧困>

貧困はさまざまな面で国民生活や国のイメージを損なう。貧困者が増えれば貧民街が形成され、犯罪組織が出来て麻薬や人身売買、暴力などの犯罪が蔓延ってしまう。そういう意味では、貧困率も「民度」とは密接な関係があると思われる。そこで、貧困率ランキング(OECD、2017年)をチェックすると――。

◆貧困率ランキング◆
1.南アフリカ……26.6%
2.コスタリカ……20.4%
3.ブラジル……20.0%
4.イスラエル、ルーマニア……17.9%
6.アメリカ……17.8%
7.韓国……17.4%
15.日本……15.7%
(出所:OECD)

ちなみに、貧困率が最も低いのはアイスランドの5.40%となっている。アメリカで新型コロナウイルスの死者が多かったのは、国民皆保険制度がなかったことに加えて、移民など貧困率が高かったからだといわれている。少なくとも、日本はアメリカや韓国よりも貧困率はわずかながらも低いから、民度が高いとも言える。とはいえ、日本の貧富の格差は拡大し続けていると言われる。新型コロナによって、その格差はさらに拡大する可能性が高い。

凶悪犯罪発生率の低さは世界一?

<治安>

治安がいい国、というのが日本国内では定着した日本のイメージと考えられているが、本当にそうなのだろうか。

暴力に対する社会的許容度が低いのは、やはり犯罪がはびこり、外国から訪れる観光客を襲うなどの事件の温床になりやすい。たとえば、「UNDOC(国連薬物犯罪事務所)」の調査によると「殺人発生率」では、日本は174カ国中168位で0.24件(10万人当たり、2017年、以下同)。シンガポール(0.19件)、香港(0.33件)と並んで治安の良さは納得できる。

不名誉な第1位はエルサルバドルの61.71件、ロシアは40位で9.13件、65位のアメリカは5.32件で、トルコ(4.31件)やイラン(2.50件)よりも高い。

凶悪犯罪以外の犯罪も含めて調査したデータではどうだろう。「国際犯罪被害者調査」(UNDOCとUNICRI=国連地域間犯罪司法研究所)による共同調査、2009年)で見ると、日本は「在来型10犯罪(暴行、恐喝、強盗、女性に対する性犯罪などの10犯罪)」でみると、OECD加盟国の中ではスペインに次いで2番目に低かった。

とりわけ「凶悪犯罪(殺人、強盗、強姦、暴行)」の発生率は、OECD諸国中、最低だった。日本の治安がいいことはどうやら間違いなさそうだが、犯罪全体ではスペインに負けていることを考えると、パンデミックを引き起こしてしまったスペインに対して、民度が低いというのは失礼に当たる。

一方、「世界平和度ランキング」という指標もある。イギリスの『エコノミスト』誌が各国の平和度を相対的に指数化したもので、「戦争による死者数」「隣国との関係」「テロの潜在性」「殺人事件の数」「軍人の数」「警官の数」など24項目によって算出される。ちなみに、世界平和度指数は「=治安が良い国」という意味ではないようだ(2019年版)。

◆世界平和度指数ランキング◆
1.アイスランド
2.ニュージーランド
3.ポルトガル
4.オーストリア
5.デンマーク
6.カナダ
7.シンガポール
8.チェコ
9.日本
10.アイルランド
(出所:『The Economist』)

犯罪率が低いからといって、イコール民度が高いともいえない。強権的な警察機構や司法のシステムが不備な場合、国民は検挙を恐れて犯罪に手を染めない。日本の検挙率は、法務省の『犯罪白書』によると、国内での刑法犯の認知件数は約369万件(2002年)をピークに減少し続けているものの、検挙率も刑法犯総数で53.1%(2012年)、一般刑法犯で31.7%(同9。約半数の犯罪は検挙されていない、ということだ。

一方で、日本の場合は他の国と異なる点が2点ある。ひとつは、一度逮捕されたら勾留期間が長期に及ぶこと。元日産CEOのカルロス・ゴーン被告の問題でもクローズアップされたが、「代用監獄制度」が機能していて、どんな軽微な犯罪であっても2週間程度は警察に勾留される。ほとんどの犯罪が数時間程度で釈放される欧米諸国に比べると、その強権度合いは大きい。

さらに、日本の刑法犯の場合、一度起訴されてしまうと99.8%が有罪という「有罪率」の高さも際立っている。「裁判」など意味を持たないのと一緒であり、日本の司法は延々と「儀式化された裁判」をしているにすぎない、という批判が国内外からある。仮に、この強権的なシステムが日本の民度の高さを維持しているとしたら、素直に喜んでいいものかとも思う。

そもそも日本の検察は、他の先進国と違って起訴する権利を持っているだけで、起訴は義務付けられていない。裁判に行く前に、検察が判断しており、検察の力が強すぎるという指摘がある。

安定した雇用環境が、高いレベルの道徳観を生む?

衣食足りて礼節を知る、という昔の偉い人が言った言葉があるが、民度が高いということは、社会的基盤がしっかりしていないとなかなか成立しない。貧困率でもある程度わかるが、不安定な雇用や職場での環境など、雇用環境の安定も不可欠だ。

<雇用環境>

まずは「失業率」だが、2019年のIMF(国際通貨基金)の調査によると、日本の失業率は105カ国中98位、2.36%と完全雇用の状況に近い。シンガポールやスイスには負けるが、その他のOECD諸国などには勝(まさ)っている。最悪の南アフリカなどは28.7%だ。

もっとも、新型コロナウイルスによって、世界経済は一変。死者数ナンバー1のアメリカなどは、20%近い失業率に陥っている。5月は回復傾向にあるものの、世界中どこでも今回の新型コロナウイルスでは失業率は当然ながら跳ね上がっている。

ところが、日本では相変わらずで、総務省が発表した4月の失業率は前月比0.1%増の2.6%にとどまっている。ブルームバーグも指摘しているが、日本では休業者を失業率に含めないために低くなっており、休業者を全部失業者とすれば11%程度になるそうだ。

ここは少し脱線するかもしれないが失業率で民度の度合いを測る前に、日本の統計の在り方を議論すべきかもしれない。新型コロナウイルスの感染者数や死者数もそうだが、どうも現在の日本政府には数字を少なく見せるテクニックがあるようだ。たとえば、交通事故死亡者数という数字も、日本の場合は24時間以内に死亡した人のみがカウントされる。最近は、30日以内死者数として発表されるようになっているが、かつては交通事故死としてはカウントされなかった時代もあった。

では、安定した生活を送るための「賃金」はどうなのか。世界の最低賃金ランキングで見てみよう。OECDの2018年のランキングでは次のようになる。

◆最低賃金ランキング◆
1.オーストラリア……12.1ドル(時給、以下同)
2.ルクセンブルク……11.8ドル
3.フランス……11.5ドル
4.ドイツ……10.9ドル
5.オランダ、ベルギー……10.4ドル
11.日本……8.1ドル(2017年)
(出所:OECD)

最低賃金だけでは、その国の豊かさはなかなか計り知れないが、世界の「年収ランキング」を見ると、その国の豊かさがわかるかもしれない。OECDの「平均年収ランキング(2018年)」で見てみると、日本はOECD加盟国35カ国中19位。日本より低い国の中には、韓国(20位)、スペイン(21位)、イタリア(22位)といった国があるものの、先進国の中では高くない。

平均年収でも、胸を張って他の先進国に民度が低いと言えるレベルではないということだ。

日本はハラスメント大国?

<パワハラ発生率>

雇用環境を考えたときに忘れてならないのが、パワハラやセクハラがあるような職場が多いか、少ないかだ。パワハラの多少でその国の民度がわかる、とも言われる。たとえば「この5年間に、職場の上司や同僚から、いじめや身体的・精神的な攻撃といったハラスメント(いやがらせ)を受けたことがあるか」というアンケートに対して、日本はワースト4位にランクされている。

◆パワハラ・国際ランキング◆
1.インド……32.3%
2.オーストラリア……31.9%
3.ニュージーランド……29.6%
4.日本……25.3%
5.フランス……24.2%
6.ベルギー……19.1%
7.アイスランド……18.3%
8.フィンランド……18.0%
9.アメリカ……17.3%
10.デンマーク……17.2%
(パワハラの国際比較、出所:ISSP  Work Orientation Ⅳ、2015年)

もともと日本はパワハラに対して寛容というか、甘い対応が目立つ。せっかくパワハラに対応する法律を制定しても、罰則規定を設けないなど、「いじめられるほうも悪い」という考え方が根強く残っているのかもしれない。学校内のいじめも昔からあって今も解決しない問題だ。ちなみに、日本の女性へのパワハラは36.7%で世界第3位と高い。

もっとも、日本の場合は、テレビで日常的に漫才やバラエティという形で「いじめの芸」を得意とする芸人が第一線で活躍している。政治などの問題にも、専門家とともに出てきてしばしば「いじめ」とも取れる発言が日常的に存在している。「いじめの芸ではなかった」として評価された志村けんさんのような芸人は少なくなり、そうしたテレビの影響なども、パワハラに関係しているのかもしれない。

「社会的道徳観念のレベル」が高い?

訪日外国人がよく口にすると言われる「日本人の道徳観の高さ」は本当なのだろうか。確かに日本人はキチンと行列を作って、割り込む人が少ないなど、「秩序正しい」面があることは間違いないだろう。

しかし、それは学校教育の問題であって、幼稚園や保育園の頃から、きちんと整列を強制され、毎朝全員が揃って「おはよう」の挨拶をする……。いわば教育のたまものであって、海外ではそんな教育をしている学校は、一部の寄宿学校などを除けば少ない。授業の一環として生徒たちに掃除をさせるのも日本特有と言われる。

ただし、それは見方を変えれば「教師=管理者」にとって都合にいいように教育され続けているとも言えなくはない。太平洋戦争以前の軍隊式教育の名残りを感じる。企業のトップや権力者にとっては、極めて都合のいいおとなしい存在となる素養をつくり、政治家から見れば日本国民は民度が高いといえるかもしれない。香港やアメリカでは、若者が政府や社会に不満があればデモをするのが当たり前なのとは、異質な感じだ。

ちなみに、イギリスのチャリティ機関「チャリティーズ・エイド・ファンデーション(CAF)」が毎年実施している「World Giving Index(人助け指数)」では、日本は125カ国中、最下位。人助け、ボランティア、寄付をしない国民として日本は有名だ。

一方、政治家や政府、公務員などの公的分野での腐敗度を示したデータに「腐敗認識指数(TI=Transparency International調べ)」というのがある。2019年の数値を見てみると、日本は20位となっている。腐敗指数が健全な順位で、第1位はデンマークとなっており、ニュージーランド(2位)、フィンランド(3位)、ドイツ(9位)、オーストラリア、イギリス、カナダ、オーストリア(12位)と続く。ちなみに、アメリカは23位、韓国(39位)、中国(80位)となっている。

新型コロナウイルスの感染者数や死亡者数がなぜ、日本だけ少ないのか。それを「民度」で測るとすると、何がポイントになってくるのだろうか。

<健康な国ランキング>

ブルームバーグが2019年2月に発表した「2019 Healthiest Countory Index(健康な国ランキング)」によると、健康な国は欧州に集中している。

◆健康な国ランキング◆
1.スペイン
2.イタリア
3.アイスランド
4.日本
5.スイス
17.韓国
35.アメリカ
52.中国
(出所:ブルームバーグ)

日本がトップレベルの長寿国であることはよく知られているが、今回の新型コロナウイルスで、同じく長寿国のスペインやイタリアが、パンデミックとなり、高齢者が数多く犠牲となったことと関係が深いはずだ。

日本でも、一部で高齢者施設がコロナのクラスターとなったが、爆発的感染にはならなかった。

日本の「民度」が高いことの証明はない?

こうしてみると、確かにある部分ではアメリカや欧州の国々よりも高い水準のモノもあるが、日本だけが特別に優れていることを的確に示しているものは特にないような気がする。統計は、あくまでもその分析方法によって、また別の結論が導き出されることも多いため、何とも言えないが……。

最も重要なことは新型コロナウイルスの感染者数や死亡者数が他の国に比べて、なぜ日本が少なかったのかを正確に、そして科学的な根拠に基づいて分析することであり、その結果を公にすることだ。それが、今後の第2波、第3波への対応に役立つことであり、また後世に残す貴重なデータとなるはずだ。