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観光業の復活はあるのか?マイクロツーリズムとは

マイクロツーリズムとは?

星野代表は、今後の旅行・観光の需要回復には、3つの段階があると言う。最初の段階では、周辺地域を旅行するマイクロツーリズムが回復。次に回復するのが飛行機や新幹線などを使った大きな移動を伴う旅行、最後に戻るのがインバウンドとなる。

マイクロツーリズムというのは、その意味するところはわかるものの、聞き慣れない言葉だ。星野リゾート広報責任者の森下真千子氏に、より具体的な定義を聞くと、「緊急事態宣言が解除されたとはいえ、とくに都市圏では今も都道府県境をまたいでの移動が自粛される段階。こうした中、自家用車またはタクシーを使って自宅から30分~2時間程度で移動できる圏内のお客様の需要を掘り起こすためのマーケティング戦略」だという。

これを「星のや東京」に当てはめれば、対象は主に東京都内に住む人たちということになるが、コロナ以前、同施設では、近隣住民は主な利用者として想定していなかった。つまり、「星のや東京」においては、マイクロツーリズムの推進は新たな顧客層の掘り起こし作業ということになる。では、今後、どのように訴求し、需要を喚起していくのだろうか。

「『近さ』や『価格』の訴求だけで、新たなお客様に来ていただけるとは思っていない。今現在、私たちが最重要な価値として位置づけているのが、安心・安全のご提供だ。

ご自宅から自家用車またはタクシーを利用いただき、ドアツードアで地下駐車場に起こしいただいた後、直接、お部屋にご案内し、チェックインもお部屋で済ませる。人との接触を最小限とする3密回避を徹底した条件下で、非日常的な温泉旅館の滞在を味わっていただく。自粛、ステイホームでストレスがたまったお客様には、これだけでも十分な『サービス』と感じていただけるはずだ。

加えて、地域から学び、『地域を再発見』するという価値も、マイクロツーリズムの訴求ポイントとして提唱していきたい。地元の人ほど、地元のことを意外と知らないということがある」(森下氏)

では、「3密回避の徹底」という部分に関しては、具体的にどのような施策を行っているのだろうか。

まず、3密が最も懸念される大浴場での対策として興味深いのが、客室にいながら自分のスマートフォンで大浴場の混雑状況が確認できる「3密の見える化」サービスの導入だ。仕組みは比較的単純で、大浴場の入り口に設置されたセンサーで、入室と退室の人数をカウントし、スマホに混雑状況を表示する。

「3密の見える化」サービス画面(写真:星野リゾート)

「このサービスにより、お客様にわざわざ浴室まで足を運んでいただかなくても、混雑状況を確認いただける。浴場の3密は、(星野)代表も懸念している点であり、3月末から自社設計でサービス開発を進めてきた。導入時期は、『界』ブランドの各施設等では6月1日から、『星のや東京』は6月中旬からの予定だ」(「星のや東京」総支配人の赤羽亮祐氏)

次に食事はどうだろうか。「星のや東京」では、これまで地下のダイニング(レストラン)での食事をメインとしてきたが、営業再開後は、夕食・朝食ともに部屋食を選択できるようになった。また、これまでは料理の内容を1品ずつ丁寧に説明していたが、この説明を省き、お品書きに食事の詳細を書くオペレーションに変えた。料理を部屋に運んできたスタッフは、テーブルを消毒し、料理とお品書きを置くと、速やかに部屋を退出する。

客室での夕食「星のや東京御膳」(筆者撮影)

ちなみに、部屋食の需要に関して赤羽氏は、「ダイニングと部屋食のご要望は、だいたい半々の印象。当施設のダイニングはすべて個室または半個室で、元々、3密は避けられる設計になっているが、それでも不安というお客様に部屋食は好評」と話す。

さらに、滞在中に、豊富なアクティビティを体験できるのも、星野リゾート各施設の大きな魅力だが、現在は、アクティビティの数自体を減らしている。

「めざめの朝稽古」は屋外での実施に変更した(筆者撮影)

「星のや東京」において、現在も体験できるのは、剣術の型をベースにしたストレッチ「めざめの朝稽古」と、日本各地の日本酒の利き酒ができる「SAKEラウンジ」の2つのみだ。

このうち、「めざめの朝稽古」は、これまで屋内で行っていたのを屋外に切り替え、人数制限をかけて実施している。

また、「SAKEラウンジ」は、実施時間を延長することで密集を避けるようにした。

地域課題の解決も

なお、星野リゾート全体では、マイクロツーリズムの推進を通じて地域の課題も解決すべく、地元の人たちとの関係をより深める取り組みも行っていくと森下氏は話す。

「これまで以上に地域文化の作り手とのネットワークを強め、地域課題の解決に少しでも貢献していきたい。例えば、那須エリアの酪農家さんでは、学校給食の停止などから牛乳のフードロスの問題が発生している。この余った牛乳を活用し、『牧場を救うミルクジャム』という製品を開発し、これを栃木県内の各施設で使用する。また、青森では、今年は『ねぶた祭』が中止されることになったが、制作している『ねぶた』の行き場に悩む製作者さんとの共同イベントを青森屋で開催する」

こうした取り組みは、マイクロツーリズムの訴求力を高めるだけでなく、地域の共感を呼ぶことにもつながりそうだ。

さて、緊急事態宣言は解除されたものの、東京では6月1日から4日連続で2桁の新規感染者が出るなど(6月5日の原稿執筆時点)、予断を許さない状況が続く。このウィズコロナ時代には、どのような旅館運営が求められるのか。赤羽氏は、再開後約1カ月間営業してきたことで、今後に向けての課題が見えてきたと話す。

 

「不安を抱えつつ営業再開したが、予想以上に、安心・安全それ自体を『サービス』として捉えてくださったお客様が多かった。しかし、5月中旬から自粛緩和のムードが広がり始めると、コロナ以前の『星のや東京』を知るお客様からは、『この状況を考えれば十分楽しめたけれども、以前と比べると、やはり物足りない』というお声が聞かれるようになるなど、お客様のニーズの変化の早さを肌で感じた。

今後も、自粛と緩和が繰り返されるウィズコロナの状況がしばらく続くと思われるが、3密回避を大前提としたうえで、状況に応じて、柔軟に接客の距離感やサービスのオペレーションを変更するなど、われわれの適応力を高めることが課題となる」

旅館再生ファンド立ち上げ

最後にもう1つ、重要な話題を記しておきたい。コロナ対策に関連して、つい先日、急浮上した、総額100億円規模というホテル・旅館再生ファンドの立ち上げについてだ。

地域活性化ファンドに豊富な実績のある投資会社リサ・パートナーズと星野リゾートが共同で、ファンド運営会社H&Rアセットソリューションズを設立。8月を目標にファンドを組成し、国内機関投資家等を中心に資金を募る。コロナの影響で、経営危機に陥った宿泊施設をファンドが取得・保有し、星野リゾートは、必要に応じて宿泊施設の運営または経営改善支援を担う。当該ファンドの目的について、森下氏は以下のように話す。

「観光産業がようやくここまで育ってきて、日本全体で観光や宿泊業界に携わる『観光人材』も育っている。今回のコロナ問題でホテル・旅館がなくなれば、こうした人材まで失うことになる。弊社のノウハウを生かして事業継続を支援することで、観光人材の雇用を維持し、いずれインバウンドが戻るなど観光需要が高まったときに活用可能な状態にしておかなければならない」

今回のコロナ禍は、これまでの旅行・観光業の色を塗り替えるほど大きな影響があり、一時的に産業規模縮小が余儀なくされるだろうが、長期的に見れば、日本にとって旅行・観光業が成長産業であることに変わりはない。アフターコロナを見据えて、せっかく鍛えてきた旅行・観光業の筋力を維持するための施策が始まっている。