気になる「次亜塩素酸水」はコロナに効くの?効かないの?

手指の消毒のため、店頭に設置してあるボトルでシュッと掌を濡らし、両手で摺り合わせて……いるのに、なぜかなかなか乾かない。「消毒用アルコールならすぐ乾くはずなのに?」と思ってボトルをよく見ると、そこには「次亜塩素酸水」の文字が──。

 新型コロナ対策のアルコール消毒の代用として広く使われる、この次亜塩素酸水の安全性が議論になっている。次亜塩素酸水とは、たんぱく質を分解する性質がある次亜塩素酸、もしくは次亜塩素酸イオンを含む水のことで、菌やウイルスの消毒用途で使われる。手指の消毒だけでなく、室内で次亜塩素酸水を噴霧して“空間除菌”をすると称する製品が市場に出回っていて、学校の教室でも使われているようだが、科学者の間から健康被害が起きるという指摘が出ているのだ。

 すでにさまざまなメディアで次亜塩素酸水の問題が報じられているが、難しい用語が出てきてよくわからないという人が多いのではないか。そこで、ここではQ&A形式で、実用という視点からなるべくわかりやすく解説してみたい。回答をサポートしてもらったのは、理科教科書の執筆も手掛ける元法政大学教授で東京大学講師の左巻健男氏である。

【Q1】手指消毒や噴霧に使う次亜塩素酸水は、塩素系漂白剤を薄めたものか 【A】×

 世の中に、「次亜塩素酸」と言葉がついて消毒に使われる液体は主に2種類ある。ひとつが、「次亜塩素酸ナトリウム水溶液」と「次亜塩素酸水」だ。名前はよく似ていて、どちらも消毒に使われるが、厳密に言えば別物である。

 次亜塩素酸ナトリウム水の身近な例としては、「キッチンハイター」や「カビキラー」といった台所用漂白剤やカビ落とし剤がある。家庭ではまな板やふきんなど水回りの殺菌消毒に利用するが、新型コロナウイルスに対しても有効と考えられ、水で薄めてドアノブや手すり、テーブルや食器などの物品の消毒に利用できる。ただし、消毒作業は手袋をして行ない、消毒した物品は清水で洗い流すか、キレイに拭き取る必要がある。自衛隊の新型コロナに対する消毒方法をまとめた資料では、「0.05%次亜塩素酸ナトリウム水溶液」を作って、物や壁などを消毒することができると記されている。例えばハイターなどの次亜塩素酸ナトリウム濃度は製造時で6%だから、約100倍に薄めるという計算だ。その場合でも次亜塩素酸ナトリウムは「人体には×」と明記されている。

一方、一般に手指消毒や噴霧に使われているのは「次亜塩素酸水」の方だ。何が違うのか。

「次亜塩素酸水に含まれる次亜塩素酸のほうが、次亜塩素酸ナトリウム水溶液に含まれる次亜塩素酸イオンよりも殺菌力が強い。なので、薄い濃度で使えるのがメリットと言えます。ただ、次亜塩素酸は非常に不安定な物質で、日光が当たったり、温度の高い環境で保管されたりしていると、すぐに塩酸と酸素に分解して消毒効果はなくなります。できたてを使う必要があります」(左巻氏)

 これから夏に入るが、手指消毒用にスーパーや飲食店の店頭にボトルで置かれ、直射日光が当たっていたりすると、次亜塩素酸の消失はさらに早くなる。

【Q2】次亜塩素酸水を手指の消毒に使ってもいいか 【A】○(水で洗い流したほうがいいが可)

 次亜塩素酸はたんぱく質を分解する性質があり、それによって菌やウイルスを死滅させるが、人間の体もたんぱく質でできている。市販されている次亜塩素酸水を手指消毒に使っても安全なのか。

「濃度によりますが、人間の皮膚は角質層という、いわば死んだ細胞で覆われているので、手指消毒に使っても通常は問題ないと考えられます。ただ、できれば、水で洗い流したほうがいいですね」(左巻氏)

 しかし、水で洗い流すのであれば、最初から石鹸でしっかりと手を洗えば済むとも言える。そのほうがコストも安くつくはずだ。

【Q3】次亜塩素酸水で食材を消毒してもいいか 【A】○(完全に洗い流せばOK)

 次亜塩素酸水は、スーパーなどで野菜や果物などの食材の殺菌消毒にも利用されている。この事実をもって安全性を主張する人々が多いが、使用には条件がある。

「食材の消毒にはかけ流して用いますが、厚労省の基準では、最終食品に残らないように、洗い流して除去すること、残留させないことが使用の条件になっています」(左巻氏)

 手指消毒と違い、口から入る可能性があるので、しっかりと水で洗い流すこと。

【Q4】次亜塩素酸水を噴霧して、それを吸い込んでも安全か 【A】△(濃度による)

“空間除菌”ができるとする次亜塩素酸水を噴霧する機器がさまざまな業者から販売されているが、次亜塩素酸水を吸い込んで大丈夫なのか。

 厚労省が発表した「社会福祉施設等における感染拡大防止のための留意点について」(2020年3月6日付)では、福祉施設で新型コロナ感染者が出た場合に、ドアノブやテーブル、まな板、ふきんなどの消毒に次亜塩素酸を用いることは推奨しているが、「次亜塩素酸を含む消毒薬の噴霧については、吸引すると有害であり、効果が不確実であることから行わないこと」としている。

 また、経産省の外郭団体である製品評価技術基盤機構(NITE)が発表した『新型コロナウイルス対策における「次亜塩素酸水」の空間噴霧について(ファクトシート)』(6月9日付)では、世界保健機関(WHO)が公表している「屋内空間では、噴霧や霧化(燻蒸、ミスト散布とも)による環境表面への消毒剤の日常的な適用は、COVID-19 については推奨されない」「さらに、消毒剤の噴霧は、目、呼吸器または皮膚への刺激、及びそれに伴う健康への影響を引き起こすリスクをもたらす可能性がある」という見解を紹介している。

 皮膚の角質層という“防護壁”に付着するのと違い、人が吸い込んでしまうような使い方は、さまざまな公的機関が害になる可能性を指摘し、推奨しないとしている。

「もちろん、これも次亜塩素酸の濃度次第で、薄ければ安全で、濃ければ危険ということは言えます。吸い込んでも安全と言えるほど濃度が薄ければ、当然、消毒効果も薄い。人体に無害で、かつ消毒効果が高いという都合の良い物質は、世の中にはなかなか存在しません」(左巻氏)

 よく効く薬は副作用が強いのと同じだ。

【Q5】次亜塩素酸水の噴霧で“空間除菌”は可能か 【A】△

 次亜塩素酸水を噴霧して“空間除菌”をすると謳う製品の販売会社のサイトには、数10分の噴霧で菌やウイルスを99%除去するなどと書かれている。実際に効果はあるのか。

「滅菌された清浄な実験室に、試験用の菌やウイルスを入れて噴霧の実験をすると、そうした効果が出るのかもしれません。

 しかし、実際に使っている部屋で、人間がいる状態だと、ほとんど効果はないと考えられます。壁や床、空気中にはさまざまな菌やウイルス、カビの胞子などがいますし、人間がいて動いていれば次亜塩素酸水は皮膚につき、皮膚には常在菌やウイルスもいる。そもそも人間自体がたんぱく質の塊です。次亜塩素酸はそれらを分解するのに消費され、消失していきます」(左巻氏)

 実験室での結果が、そのまま実際の部屋に適用されるとは限らないのだ。

 2020年6月11日に、次亜塩素酸水の販売業者らで組織された次亜塩素酸水溶液普及促進会議が、メディア報道に対して反論する記者会見を開いたが、そこで次亜塩素酸の効果と安全性を訴えるために壇上に立った三重大学の福崎智司教授はこう課題を述べている。

「人がいる空間では、このような非常に薄い気体状次亜塩素酸では効かないということです。もう一ついえば人は汚染源ワーストワン。どんなに清浄な空間でも、そこで何人の人間が活動するかによって落下菌数は大きく変わってくるということなんです」

 次亜塩素酸水をめぐっては、まだ専門家の間でも有効性や使い方などに関する議論が続いている。最新の情報をチェックして、賢く利用したい。