· 

「濃厚接触」を検出するアプリを使うべき理由

スマートフォン市場を二分するアップルとグーグルは、新型コロナ対策で手を組むことを4月10日に発表した。アップルのiPhone、グーグルのAndroidの双方で共通する仕組みを導入することで、不特定多数の濃厚接触を検出、記録する仕組み、すなわち「Exposure Notification」(暴露通知)アプリを構築できるようにしようという取り組みである。

アップルとグーグルはアメリカ時間5月20日、このAPIの提供を開始し、日本を含む22カ国と、アメリカの多数の州政府当局が、このAPIへのアクセス権を受け取ったとしている。

世界のスマートフォンユーザーほぼすべての人が利用できるようになる、接触検出プラットフォームの仕組みについて、またセキュリティーやプライバシーの懸念について、考えていこう。

「感染経路不明」

新型コロナウイルスとの戦いは、日本においては新たな局面に入った。大都市圏を除く多くの地域での緊急事態宣言が解かれ、いかにして日常生活を取り戻していくか?という段階に入った。

しかしながら、専門家会議では新しい生活様式が提唱され、引き続き人との距離を取る、クラスター発生が認められる場所を避ける、会食は横並び、といった新型コロナウイルスを警戒する「行動」を取り続けることが求められる。

その新しい生活様式の中に、「誰と会ったか記録する」という項目があった。これは、感染経路を特定するうえで重要な「情報」を、生活者それぞれが提供できるよう準備しておこう、というアイデアだ。

例えば、メールやLINEのやりとりが残っていれば、記録するまでもなく、誰といつ会ったかを振り返ることができる。仕事の会議のように、プライベートや家族の予定でも、スマートフォンからカレンダーに入れておけば、さらにわかりやすいのではないだろうか。

しかし、巣ごもり生活の中でも必要最低限の外出や買い物、通院などを行っていると、前述の記録だけでは不十分であることは明白だ。予定を共有する特定の人との記録はあっても、街や店舗ですれ違う不特定多数の人たち、つまり赤の他人との接触は、記録できないのである。

今後、人々が街に出るようになり、交通機関などでの接触が増える可能性は高い。新型コロナウイルスの陽性と診断された人が公共空間にいた場合でも、居合わせた人がそれを知る方法がないのだ。

アップルとグーグルの取り組みは、まさにその方法を提供しようというものだ。

アップルとグーグルの取り組みを最も簡単に説明するなら、「すれ違いの記録を残す」というものだ。

古典的な接触検出は、日本でも行われてきたように、感染した人の行動を聞き取り、そこで接触した可能性がある人を発見していくというものだ。保健所などは多大な労力に追われ、また本人が情報提供を拒む場合、濃厚接触のルートをたどることができなくなってしまう問題があった。そして前述のとおり、都市生活における移動中の接触をすべて洗い出すことは不可能と言える。

つまり、一定時間同じ空間に居合わせたことを検出することで、不特定多数の人同士の接触を記録する必要がある。そこでアップルとグーグルは、スマートフォンにおいて、超低消費電力かつ通信範囲が限られているBluetooth LEを用いて、すれ違った人同士の「カギ」を渡して、周りの人の「カギ」を受け取る仕組みを作った。

街の中で、自分のカギを身近な場所にいる相手全員に渡し、周囲の人全員のカギをもらうという作業を、スマートフォンが自動的に行っていくことになる。

この「カギ」は、スマートフォン毎に24時間ごとに作り替えられ、個人を特定するIDとはならない仕組みとなっている。また、15分ごとに識別子が変わる仕組みにもなっており、カギによる個人の追跡も難しくなっている。加えて、Bluetoothで送信される情報はすべて暗号化され、データは14日間一時的に保存されるにすぎない。

また、このカギの交換にアップルとグーグルは参加しないが、感染が終息し、この仕組みが不要となった場合、地域ごとにアプリを無効化し、政府当局が別の目的のために活用できないようにすることはできる。

GAFAに含まれる2社は、個人の居場所やつながりなどを追跡できるカギの情報を収集しないため、GAFAが世界中の人々の感染状況を把握する、といった理解は間違いだ。あくまで、スマートフォンを持つ個人間で、匿名化されたカギを交換する仕組みを構築したにすぎない。

どのように通知を受けるか?

通勤や通学、買い物などをスマートフォンとともに行うと、すれ違った数だけ「カギ」を集めることになる。その集めたカギの持ち主に新型コロナウイルスの陽性が判明しない限り、アプリから通知を受け取ることはないだろう。

もしも、すれ違った人のうちの誰かが陽性となった場合、アプリを通じて医療機関が陽性に設定することで、その患者のカギは「陽性カギ」となり、陽性カギを持っている人に通知が届くことになる。

その通知を頼りに、医療機関を受診したり、検査を受けることによって、自覚症状がなくても、新型コロナウイルスの拡散を食い止める行動を起こすことができる。これにより、経路不明の市中感染の拡大を抑制する効果を狙うことができる。

もちろん、この通知を受け取った人が必ず感染しているというわけではない。ただその可能性を示唆しているにすぎないが、通知を受けた人が積極的に検査を受けることで、より的確な検査を実施することにつながる。

最新のアップデートでは、陽性カギを受け取った回数(暴露回数)を計測する機能を追加できるようにした。加えて、ユーザーの同意を得て電話番号などの連絡先を取得し、暴露がわかった際に衛生当局が本人に連絡を取る手段を担保することもできるようにした。

この1カ月、各国政府や衛生当局、研究者などからの意見を聞き、改良を加えてきたことがわかる。

前述の通り、この取り組みは、アップルとグーグルが共通の接触記録を残すための「アプリを作れる仕組み」を作ったにすぎず、両社が積極的に情報を収集するわけでも、全世界で利用できるアプリを用意するわけでもない。アプリを作るのはあくまで、各国や各地域の政府や衛生当局だ。

例えばインドやイスラエルは、位置情報を用いて衛生当局が接触を確認する仕組みを採用しており、アップル・グーグルの仕組みは利用しない。ユーザーの位置情報を直接利用し、感染者との接触を認定するため、プライバシー上の懸念がある。

またシンガポールやオーストラリアでは、電話番号など、連絡がつく形で個人を特定した接触情報を、衛生当局が収集する仕組みを取っている。イギリス、フランスは匿名ながら、やはり衛生当局が情報収集を行う中央管理型のシステムを念頭に開発している。

日本の政府IT総合戦略室が検討中

一方アップル・グーグルの仕組みは、個人を特定しない匿名型かつ、衛生当局が接触情報すべてを収集しない分散型を実現しており、プライバシー、セキュリティーの懸念が最も少ない方法であることがわかる。

この仕組みの純粋な活用をいち早く検討していたのが、日本の政府IT総合戦略室だ。ゴールデンウィーク中に各国の衛生当局向けに提供が開始されたアップル・グーグルのAPIに対して、連休明けにはアプリの開発案を出しており、実装が進んでいくことが期待できる。

なお接触検出APIの活用は、各国の衛生当局が公開するアプリに限られることから、日本ではアプリの公開母体は厚生労働省になるだろう。

この接触検出アプリは、必ずしも完璧な物ではない。

例えば、iPhoneと接続したAirPodsで音楽を聴きながら、iPhoneを置きっぱなしで部屋を離れても、すぐには音楽が途切れないように、Bluetoothでも隣の部屋ぐらいなら電波が到達するため、よりリスクが少ないにもかかわらず、鍵を交換してしまうことが考えられる。

また任意でアプリをダウンロードした人が参加する方式であるため、アプリが普及するまで有効性を発揮できない問題点がある。

アプリを公開してからは、アプリ活用のメリット、すなわち感染者との接触をいち早く察知して対処できる点をアピールし、自分や周囲の人の健康を守る行動であることを啓蒙する必要がある。