コロナ重症治療にリウマチ薬が期待される根拠

アメリカでは、同国の製薬企業ギリアド・サイエンシズが開発した「レムデシビル」が米当局から緊急使用許可を受け、国内でも5月内の超スピード承認が見込まれている。富士フイルム富山化学の「アビガン」も臨床試験(治験)が進む。

こうした新型コロナ治療薬の候補は、もともと抗エボラウイルス薬や抗インフルエンザウイルス薬として開発された。体内でのウイルスの増殖を抑える作用が新型コロナにも有効だと見られており、適応の拡大を目指して臨床試験(治験)が進められている。

一方で、関節リウマチ薬であるアクテムラは「畑違い」とも言える領域からの転用だ。中外製薬の親会社であるスイス・ロシュ社は3月末から、アクテムラの国際的な治験を開始している。人工呼吸器などが必要な重度の肺炎患者330人が対象だ。中外製薬も5月15日から、国内で同じく重症肺炎患者を対象に治験を始める予定だ。

免疫が暴走すると自分の細胞まで攻撃してしまう

アクテムラにはウイルスの増殖を抑える効果はないが、重度の肺炎を改善し、患者の命を救う“最後の砦”の薬となる効果が期待されている。

新型コロナに感染すると80%の患者は軽症か無症状である一方、残りの20%は重症化してしまうことがわかっている。数%の患者は肺炎の状態がさらに悪化し、死亡に至る。この肺炎の重症化は体内の免疫システムの暴走によって起こると考えられている。アクテムラはその免疫の暴走を抑える仕組みを持つ薬なのだ。

ウイルスに感染し体内での増殖が始まると、ウイルスを攻撃するように免疫システムが反応し、抗体を作り出す。細胞が抗体を生み出すためには、「インターロイキン(IL)6」という物質が必要になる。

免疫システムが正しく作用するために重要な役割を持つIL6だが、この物質がウイルスに対して過剰に反応してしまうことがある。するとウイルスだけでなく本来攻撃してはいけない自分の細胞まで攻撃してしまう。重症の肺炎患者は、この過剰反応に歯止めが効かなくなっている状態だと考えられている。

リウマチも同じく、自己免疫システムが、本来は攻撃してはいけない自己細胞を攻撃してしまうことによって強烈な痛みが引き起こされる「自己免疫疾患」と呼ばれている。アクテムラは、過剰反応を引き起こすこのIL6の働きを抑える作用を持つ。

中外製薬でアクテムラの研究から製品化までのプロジェクトのリーダーを務めた大杉義征氏は、「アクテムラはリウマチの薬というより、IL6が暴走して起きている多くの“IL6病”に広く効く薬剤。理論的には、新型コロナによる肺炎にも応用できるはず」と指摘する。

重症患者で症状改善効果が見られた実例も

こうした重症患者に、すでにアクテムラの適応外使用を進めてきた医療機関がある。大阪はびきの医療センター(大阪府羽曳野市)では、集中治療室での治療が必要になった9人の重症コロナ患者全員にアクテムラの投与を行ったところ、「すべての患者で悪化を抑えている感触があった」(田中敏郎副院長)。中国の医療機関でアクテムラを投与した20例の重症患者のうち、19例で症状の改善が見られたという報告があり、3月末から使用を始めたという。

アクテムラと同じようにIL6の働きを抑えるメカニズムを持つ治療薬候補を開発したフランスのサノフィ社が、新型コロナ感染症の重篤な患者に対して行った治験においても、一定の有効性が示された。

4月22日に発表されたスイス・ロシュの第1四半期決算では、アクテムラの売上高が約6.7億スイスフラン(約740億円)と、30%も伸びた。この点について、中外製薬の板垣利明CFOは、「急にリウマチ患者が増えることは考えづらい。在庫の積み増しや新型コロナ向けの適応外使用が広がったためではないか」と述べた。 

とりわけ、世界の新型コロナ感染者の3分の1を占めるアメリカでの伸びは44%と際立っていた。ロシュが世界で進めるアクテムラの治験の結果が判明するのは早くて6月中の予定だが、すでに治験の成功を見据えた動きが広がっていると見られている。

ロシュは決算発表と同時に、アクテムラ増産に向けた体制を世界7カ所の工場で整えることを表明している。中外製薬が製造した製品はロシュに輸出販売を行い、各国で製造・販売されたものは、製造権を持っている中外製薬が一定のロイヤルティ収入を受け取る。

ただ、中外製薬の業績寄与については、「まだ承認されているわけではなく、販売価格も決まっていないため何とも言えない」(板垣CFO)。

中外製薬が4月23日に発表した第1四半期の決算は売上高1794億円(前年同期比16%増)、営業利益は741億円(同54%増)と、四半期として過去最高となった。絶好調の業績の中で、突如脚光を浴びることになった自社創製のアクテムラ。患者や投資家からの期待は小さくない。