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脳科学者が教える良質な睡眠のための9の習慣

若い男性の死亡リスクが129%増

人間は、85歳までに25万時間、一生の内のおよそ29年間を眠って過ごすという。とはいえ、人によって日々の睡眠時間はまちまちで、朝型の人もいれば、夜型の人もいる。個人差が大きく、謎に包まれており、そして、人体にとって非常に重要なものが睡眠だ。

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世界的な脳科学者ジョン・メディナ博士の最新刊『ブレイン・ルール』によれば、睡眠不足は、脳の認知機能を低下させる原因となり、メンタルヘルスや寿命にも影響を及ぼすという。とくに若い男性の場合、睡眠不足が続くと死亡リスクが129%高まるというデータもあるようだ。

ただし、長く眠ればいいというわけでもないらしい。思考を明晰にして、老後の認知機能低下を抑制したいのであれば、良質な眠りと、十分な、しかし長すぎない睡眠時間が大切で、そのような睡眠習慣は、青年期、中年期から身に付けておく必要があるとメディナ博士は言う。

では、良質な眠りとはいったいどのようなものなのだろうか。

睡眠不足の日は、イライラしがちで疲れやすいものだ。そのため、人間は、エネルギーを節約し、回復するために眠っているのだと思われてきた。ところが、実際にはそうではないらしい。

メディナ博士によれば、眠ることで節約できるエネルギーはわずか120キロカロリー、スープ1皿程度だという。それに比べて脳は、その人の全消費カロリーの内、なんと20%もの量を必要とする“大食漢”。しかも、昼夜なく働いているため、スープ1皿程度の節約では役に立たないという。

ではなぜ眠るのか? メディナ博士によれば、人が眠る理由の1つは「学ぶため」だという。

日中、さまざまな活動を記録し続けている脳の中では、大脳皮質と海馬という2つの領域が連携して記憶システムを稼働させている。この記憶システムは、記録したことを後で処理できるように、脳の所定の場所に記憶の断片を保管しているという。

一方、夜間の脳は、深い眠りの谷底に落ちる「徐波睡眠」と、浅い眠りで眼球がきょろきょろと動く「レム睡眠」とを、朝までに所定の間隔で5回繰り返している。

そして、日中に「後で処理」と付箋を貼って保管された記憶は、「その日の深夜、徐波睡眠中」に処理されることが科学者たちによって発見されているのだ。

人が最も深い眠りに落ちている間に、脳は記憶を再び活性化させている。その電気パターンを何回も繰り返すことで、記憶は堅牢になるという。これは「記憶のオフライン処理」と呼ばれており、この処理ができなければ、人は何かを長期的に記憶することはできない。人間は「休むため」に眠るのではなく、「学ぶため」に眠っていたのである。

睡眠不足で脳内に老廃物が蓄積

また、最近の研究では、脳は、「グリムファティック・システム」と呼ばれる有害な老廃物の処理を行う排水システムを持つこともわかっている。日中、活動しつづける脳は、大量のエネルギーを消費すると同時に、大量の老廃物を蓄積していく。そして夜間、排水システムが働いて、液体中の老廃物を分離し、血液中に排出していく。それらは翌朝の尿として体外へと出ていく仕組みだ。

このシステムが働くのも、深い眠りについている「徐波睡眠」の時間だ。そのため、寝つきが悪かったり、夜中に目が覚めてしまうなどして「徐波睡眠」にたどり着きにくい状態が続くと、脳内に老廃物がたまってしまう。これが脳組織を損傷し、認知機能の低下につながっているという研究もあるらしい。

かねて、この排水システムの働きを裏づける報告は数々なされている。慢性的な睡眠不足は、パーキンソン病やハンチントン病、アルツハイマー病などのリスク要因であることが知られており、また、長距離の国際線に長く乗務した客室乗務員など、睡眠サイクルが乱れがちな人は、アルツハイマー病の兆候と見なされる海馬の異常な収縮が確認されたという。

メディナ博士は「睡眠不足はアルツハイマー病のリスク要因であると見なせる」と断言し、「この事実ひとつとっても、どの年齢の人も良質な睡眠をとるべきだ」と主張している。

ところが、年齢を重ねると「徐波睡眠」の量は減ってしまうという。20代では「徐波睡眠」が睡眠時間全体の20%を占めるが、70歳になると約9%にまで減少。なかなか深い眠りにたどり着けない「睡眠の断片化」が起きてしまうのだ。

これに加えて、記憶に関連するほかの脳の機能も衰え、60歳以上になると、眠っている間に記憶を堅牢にすることもなくなるという。物忘れが増えるのはこのためだろうか。また、睡眠の断片化は、うつ病や不安障害とも深い関係があるともされている。

だが、60歳になったらもう終わりという話ではないのが『ブレイン・ルール』だ。青年期と中年期にいい睡眠習慣を保てば、認知機能は向上し、加齢による認知機能の低下を抑えることもできるという。

脳を知り、今から対策を始めておけば、現在の思考力や記憶力を高めるだけでなく、老後の資産でもある「健康な脳」を得られるというのがメディナ博士の提唱なのだ。

では良質な眠りを得るにはどうすればよいのか? メディナ博士は本書で、睡眠学者の故ピーター・ハウリ教授のアイデアをベースに、最新の研究も交えて9つの方法にまとめて紹介している。

このハウリ博士が書いた『No More Sleepless Nights』という本は、長きにわたって不眠症治療のバイブルとされてきたそうだ。一方、ハウリ博士は、ほかの科学者に先んじて、睡眠の習慣は人それぞれに違うとも述べたらしい。だから取り入れる際には自分の状況をよく考えてからにしようとメディナ博士も述べている。

良質な眠りを得る9つの方法

そんな注意を踏まえつつ、メディナ博士が紹介する9つの方法は次のとおりだ。

1. 午後に注意を払おう。上質な睡眠をとりたければ、眠る4~6時間前から、カフェイン、ニコチン、アルコールを摂取しないこと

2. 睡眠のための場所を作ろう。多くの人にとっては寝室がそうなる。そこで食べたり仕事をしたりテレビをみてはいけない

3. 室温に配慮しよう。眠るのに最適な温度はおよそ18℃。寝室は涼しく保とう

4. 規則正しい睡眠習慣を作ろう。毎晩同じ時間に寝て、朝は同じ時間に起きるようにしよう

5. 体から発信されるサインに気を配ろう。可能なら、疲労を感じてから眠るようにしよう。30分たっても眠れない場合はベットから出て、紙の本を読もう。退屈な本がおすすめだ

6. 光に配慮しよう。昼間は明るい光を浴び、夜は照明を落とそう

7. ブルーライトを遠ざけよう。波長が380〜500ナノメートルのブルーライトを発するものを遠ざけよう。青は空の色だ。進化の途上で脳が青い光を見たのは、昼間だけだった

8. 日中は多くの友達と過ごそう。うつ病は睡眠の断片化をもたらすが、社会的交流にはうつ病を防ぐ強い効果がある

9. 睡眠日記をつけよう。シンプルな形としては、気象時間、就寝時間、夜中に何回起きたかを記録する

ここで詳述することはしないが、メディナ博士は、ピッツバーグ大学の研究者らが開発した、「不眠症のための簡単な行動療法」についても言及している。

この研究に参加した被験者は、実験終了時に、不眠の症状が消えていたという。しかも、その効果は6カ月後にも観察されたそうだ。この実験は、真剣に生活習慣を変えれば、人生を長期的に改善することができることを体現するすばらしい事例だと、メディナ教授は言う。

上で紹介した9つの方法も、心がけ次第で取り入れられるものが多いように思える。思い立ったが吉日、ぜひ実践して、自分の睡眠にあったやり方を探してみてほしい。