子供たちの教育方法について

先日、ある講演の質疑応答で、参加者の女性から、「私は今36歳です。この時期に読んでおいたらいい本があればご紹介ください」という質問を受けました。

僕の答えは、こうです。

「何でもいいんです」

なぜ、何でもいいのかといえば、興味のない本を読んでも頭に入らないからです。

最近の研究では、「最高の先生が最高の授業をしても、聞いている学生が興味をもっていなかったら、単位を取った後は授業内容をほとんど忘れてしまう」という結果が出ているそうです。

僕が続けて、「どんなジャンルに興味がありますか?」と聞き返すと、彼女が「神話とか民話など民族文化に惹かれます」と答えたので、僕は『世界の神話』(沖田瑞穂 著/岩波ジュニア新書)と、『石の物語』(ジン・ワン 著/法政大学出版局)の2冊を紹介しました。

「好きこそものの上手なれ」で、どれほどいい本を薦めても、本人に興味や関心がなければ、身につかないのです。

興味のあることは忘れない

教育においても大切なのは、学生や子どもが潜在的に持っている興味や関心を引き出すことです。

先生が「試験に出すから、覚えておくこと」といえば、学生は嫌々ながらしかたなく勉強をする。ですが、試験が終わって単位が取れたとたんに、すぐ忘れてしまいます。興味のないことは、覚えにくく、すぐに忘れますが、興味のあることは、覚えやすく、なかなか忘れません。それが人間の頭の構造なのです。

僕自身がそうでした。学生時代の僕は本ばかり読んでいて、勉強はほとんどしなかったので、成績も悪く、どちらかといえば劣等生でした。

僕は好き嫌いが激しくて、おもしろくない講義は出席もせず、興味深い授業だけ聴いていました。好きな科目は「優」をもらいましたが、おもしろくない講義は、「良」と「可」ばかり。落第さえしなければいいと思っていたので、おもしろくない講義には身が入らなかったのです。

興味がない人に対して教える方法はありません。逆にいえば、その人が興味をもったこと、勉強したいと思ったことを、興味をもったときに教えるのが、一番効果的なのです。

子どもの可能性を見つけるのが親や教師の務め

大学は、自発的な学びを後押しする場です。僕が学長を務める立命館アジア太平洋大学(APU)では、学生が自分のやりたいことを見つけられるよう、アクティブ・ラーニング(能動的な授業・学習)を積極的に取り入れています。

APUには、ビュッフェのメニューのように、たくさんのプログラムが用意されています。そしてその中から、学生に好きなものをピックアップしてもらいます。

ビュッフェで食事をするとき、僕は「いろいろな料理を少しずつ食べてみて、自分の口に合うものをもう一度がっつり食べるタイプ」ですが、教育もビュッフェに似ていて、子どもにさまざまな可能性を提供することが大切です。

ピアノでも、バレーでも、水泳でも、プログラミングでも、英会話でも、いろいろなことをできるだけ自由にやらせてみる。その中で、子どもがニコニコしてやっているものだけを残して、あとはやめればいい。本人のやる気がないものはしょせん伸びないからです。

親が子どもにできることは、「人と違っていいんだよ」「人にはいろいろな個性があるんだよ」と子どもの個性、多様性を認めた上で、「いろいろな世界を子どもに見せて、子どもの興味や関心を引き出す」ことに尽きるのです。

僕が日本の教育においてもっとも危惧しているのは、根拠なき精神論がまん延していることです。

たとえば、一部には「子どものうちに英語を教えると考える力がつかない」という意見を述べる人もいますが、これも根拠なき精神論の一種です。そう思うのなら、エビデンスを明示すべきです。

最新の脳科学では、母国語をつかさどる部位と第2言語をつかさどる部位は違っているという意見もあります。国語・算数・理科・社会の主要4科目に英語を加えても、考える力の妨げにはならないことは常識でもわかる気がします。

これからは教育現場から根拠なき精神論や根性論を一掃して、脳のしくみや人間心理など、サイエンス(科学)の視点に基づいた教育を行っていかねばなりません。

たとえば、アメリカの研究などでは、できるだけ幼児期に教育投資をしたほうが学習効果が高くなることが明らかになっています。

アメリカの労働経済学者で、ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン教授らは、「幼少期に適切な教育を受けることによって養われた学習意欲が、その後の人生にも大きく影響する」という研究成果を発表しています。

大人になってからの経済状態や生活の質を高める上で、就学前教育が有効であることが実証されているのです。

とくに、幼児期に適切な教育を受けた子どもは、物事をやり抜く力、集中力、コミュニケーション力といった非認知能力が向上・持続することがわかっています。教育投資効果は幼児期が一番高いのです。そうであれば、日本の課題は明らかで、7人に1人といわれている子どもの貧困問題にまずは集中的に取り組むべきです。

若いうちに「腹落ちする体験」を

また、最近の脳科学によると、人間の向学心や好奇心は、18~19歳ごろにピークを迎えるという研究結果が出ています。中学生や高校生から、「どうして勉強する必要があるのか?」と質問されたとき、僕は、次の2つのことを話しています。

【勉強をする理由①】 「選択肢」が増える

「勉強をするのは、人生の選択肢を増やすため、好きなように生きるためです。

たとえばスキー場へ行ったとき、スキーを滑ることができれば、滑って楽しむことも、見て楽しむことも、どちらでも自分で選ぶことができますよね。でも、スキーの滑り方を学んでいなければ、ただ見ていることしか選択できません。どちらがいいですか? 自分で選べるほうが楽しいですよね。

勉強もこれと同じで、何かについて知っているほど、人生の選択肢は増えます。勉強はしんどいことですが、勉強した分だけ選択肢が増えて、いろいろな物事を自分で選べるようになります。選択肢が増えれば増えるほど、人生は楽しいと思うのです。

学んで知るから、人生の選択肢が増える。そして、たくさんの選択肢の中から選ぶことができるから、好きなように生きることができる。人生一度きりだったら、好きなように生きたいとは思いませんか?」

【勉強をする理由②】 「生涯収入」が高くなる

『「教える」ということ 日本を救う、[尖った人]を増やすには』(KADOKAWA)
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「18歳、19歳くらいまでにきちんと勉強をした人は、勉強しない人よりも生涯収入が高くなります。これは科学的にも証明されているファクトです。同じ仕事をするなら稼いだほうが、その分選択肢も増えて、得ですよね。だとしたら、高校生までの間に、勉強する習慣をつけたほうが得。生涯収入が上がるか上がらないかは、君たち次第です」

18歳、19歳の感受性の鋭いときに学習習慣や学習意欲を身につけて、「学ぶことは楽しい」「知ることはおもしろい」という感覚を覚えると、自転車の乗り方を一生忘れないのと同じで、社会人になっても「おもしろい」という記憶が残って、一生学び続けます。

そして、社会人になっても学び続ける人は、単純にいえば、上司からかわいがられるので出世しやすく、生涯給与も普通の人よりずっと高くなります。

高校生から大学生の初期のころまでに、「知らないことを学ぶのは楽しい」「わからないことが腹落ちすると気持ちがいい」という感覚を身につけると、その後の人生においても、好きなことができて、その上、経済的にも満たされるようになるのです。

楽しく豊かな人生をおくるには、幼児期から18歳、19歳までの学習習慣が決定的な役割を担っているのです。