· 

怒ることで、損をしてませんか?

20世紀の日本人にはあって、21世紀の日本人にはないものって、何?

そんなふうに聞かれたら、あなたならなんと答えますか。これは大喜利でもなぞなぞでもありません。至ってまじめな質問です。

年功序列とか終身雇用、一億総中流、あるいはバブルといった言葉が浮かぶかもしれませんが、ちょっと違います。

ヒントを出すとすれば、ある感情。その感情への耐性が、20世紀の日本人が持っていたものの、21世紀の日本人には見られなくなりました。

これ以上引っ張るのもはばかられるので、答えを言います。それは、怒りへの耐性です。

かつての日本人は穏やかで、人前で怒るようなことはあまりしませんでした。「怒る」のは恥ずかしいとか、はしたないことだという共通認識があったものです。

残念なことに、21世紀になってから、駅やカフェ、あるいはスーパーやコンビニで「いつまで待たせるんだ!」「何をやっているんだ!」と怒声を浴びせる人が多くなったように感じます。あなたの身の回りにも、イライラしたりカーッとなったりしている人がたくさんいるのではないですか。

「怒り」は人間の本能

喜怒哀楽と言われるように、怒りは人間が持つ感情の1つです。それは、人間がもともと持っている本能でもあります。

だからといって、怒ることをすすめているわけではありません。むしろ逆です。怒ると血圧や心拍数が上がったりして、健康上、よくありません。脳梗塞や心筋梗塞を引き起こすこともありえます。

また怒ると、集中できなくなってパフォーマンスが落ちるので、成果を出すのが難しくなります。仕事や勉強をしているときに、怒ったらミスを誘発します。

怒っていいことなどありません。それがわかっているから、多くの人は「怒りたくない」と思っています。また多少のことでは怒らないように努めています。

それなのに、何か問題が起きたり、自分が思うとおりにものごとが進まなくなったりすると、ついイライラしたりカッカしたりしてしまう……。「よくない」と思いながら、怒ってしまう人は、たくさんいます。かくいう私も若い頃はいつも怒っていました。

脳科学的に言うと、怒りとは逆フロー状態。フローとは、ミハイ・チクセントミハイ博士が提唱した概念で、脳が集中している状態。

この状態にあると、時間が経つのも忘れるほど集中して仕事でも勉強でもテキパキと処理して、成果を上げることができます。

怒りは、この逆ですから、集中もできず、仕事や勉強がまったく手につかない状態にあります。つまらないミスや、ふだんはしないボーンヘッドをしたりするので、事態をさらに悪化させかねません。健康によくないだけでなく、仕事や勉強においてもいい結果をもたらすことはないのですから、やはり「怒らないほうがいい」に決まっています。

怒りが「脳を操作不能」にする

もっと恐ろしいことを言うと、怒ると、脳のコントロールが利かなくなります。それは、「脳が怒りにハッキングされたような状態」と言えるかもしれません。

前述した駅やスーパー・コンビニのケースだけでなく、21世紀の日本は、怒りが渦巻いています。上司が、パワハラやモラハラをしてきた。高速道路を運転していたときに、あおり運転をする車に絡まれてしまった。ネットで匿名による誹謗中傷をされた……。

こちらに落ち度が1つもないとしても、相手が理由もわからずに怒り出すことはありえないことではありません。怒りの耐性がなくなった現代日本人は、すぐイライラしたりカーッとなったりしてしまいます。

相手が怒っているとき、こちらがつられてキレてしまって、暴言を吐いたり手を出したりして、相手を傷つけてしまったら、取り返しがつきません。相手に原因があるとしても、最終的に迷惑をかけたのは、こちら。相手に目に見える被害を与えたとなると、100%こちらが悪いと認定されてしまって、信用を失ったり、一生を棒に振ったりするようなこともあるかもしれません。

怒ってしまうと、自分自身をコントロールできなくなります。それが、「怒らないほうがいい」という最大の理由です。

そんな怒りに満ちた人に遭遇してしまったとき、どうすればいいでしょうか。真っ先にしなければならないのは、自分が怒りに染まらないこと。相手が怒ったとしても、あなた自身は決してキレたりイライラしたりしてはなりません。

例えば相手が怒っているときに、こちらがニコッと笑うだけでも状況は変わります。

「相手が怒っているときに笑顔になるなんてできないよ」

そんなふうに思う人もいそうですが、やればできます。それには脳の使い方を変えればいいのです。

脳には、目で見た人の動きを無意識にマネしてしまう「ミラーシステム」という働きがあります。

例えば、向かいに座っている人がカップを持ってコーヒーを飲んだら、自分もカップを持ってしまう……。まるで鏡でも見ているかのような反応をするので、「ミラーシステム」と名付けられています。

この「ミラーシステム」をうまく活用すると、怒りを抑えられるようになります。相手が怒っているときに、こちらがニコッとすれば、「なぜこの人は笑っているのか?」と、とまどいます。

相手が怒っているときに、ニコニコしていると、今度は向こうの脳にミラーシステムが作用するようになります。そう、こちらと同じように、相手もニッコリしてきます。気がつけば、鬼のような相手の顔も、笑顔になっているではありませんか。

怒りのピークは10秒程度

あるいは相手の話をじっくり聞くのもいいでしょう。怒りのピーク時間はせいぜい10秒程度。

あなたがスーパーやコンビニの店員なら「申し訳ございません」と平身低頭した後に、「私どもの至らない点をお聞かせください」と、お客の話をじっくり聞くようにすれば、怒り疲れした相手は冷静になるものです。「別に怒るほどのことでもなかった」と、かえって恐縮するかもしれません。

怒りにうまく対処するには、それ相応の脳の使い方があります。それは、ミラーシステムをうまく活用して、相手の脳を「怒らない脳」に変える。そうすることで、相手の怒りをコントロールできるようになります。

もっとも、その前に、あなたの脳が怒らない脳になっていなければなりません。それは、誰かの理不尽な怒りに対処するだけでなく、パフォーマンスを上げるためにも必要なことです。怒らない脳になれば、仕事や勉強でも成果を出せるようになります。

怒らない脳に変えるのは、転ばぬ先のつえ。怒らないということは、不寛容化する21世紀日本において必要なスキルです。