· 

コロナ対策から考える「優れた戦略」「悪い戦略」

「ファーストムーバ―」という戦略

今回のコロナウィルスの騒動で、いちはやくマスクを買い占めた人や、衛生関連の商材を他の地域から仕入れて転売して、大きな利益を得た人たちがいるようです。社会倫理的には、非難されるべき行為ですが、どんな状況であっても、戦略的に利益を狙っていち早く動く「ファーストムーバ―」が現れることは、これまでの歴史を見ても明らかです。

どのようなときに、どのような戦略が有利か。それは太古の昔から考えられてきました。古くは、孫子やアレクサンダー大王、カエサルといった人々の戦略論から、現代ではGAFAの企業戦略まで、実にさまざまな戦略が生み出されています。

「ファーストムーブ」は、先手必勝、いわゆる先行者利益ともいわれる「誰よりも先に動く」ことで利益が手に入る道。これは、手にしようとする対象が限定されていて、しかもあとから来る者がそれを手に入れることが難しくなる場合に当てはまります。

恋愛や結婚では、意中の人が誰かと交際を始めてしまえば、あとの人にチャンスがなくなってしまう場合があり、やはり先手必勝の要素があります(断られなければ)。

規制産業も同じく、指定業者が数社に決まり、それ以降は許認可などの関係で実質的に参入ができないケースもあるでしょう。

そういった意味で、マスクが不足する前に「その予兆に気付き」、全力で買い占めて、巷にその状況が起こるのを待ち構えていた彼らは、決して褒められた行動ではありませんが、戦略的に見ると「ファーストムーバー」だったと言えます。

この「待ち構える」ことを最も得意とした、歴史上最強の戦略家はなんといっても、ユリウス・カエサルでしょう。紀元前100年生まれの彼は、ローマの将軍として、ほとんどあらゆる戦争に勝った稀有な人物です。彼は「機会活用戦略」「行動力が常に知識を上回る」など、勝者に不可欠の大切な資質を持っていました。

この「機会活用戦略」で重要なポイントは、ただ早く動けばいいわけではないことです。変化の最初の段階から、その変化がやがて辿りつく場所を考えて、優位なポジションまで最速で移動することこそ、ファーストムーバ―の真骨頂なのです。

ところが、現代社会ではこの「ファーストムーバ―」のメリットを否定するような戦略が大きな存在感を持ってきています。

フランスの英雄ナポレオンは、カエサルとは少し異なる戦略を持ちました。1769年生まれの彼は、砲兵から身を起こしてフランスの皇帝にまで上り詰めた人物ですが、動きの中にチャンスを見つけることを得意としていました。

若き頃、イタリア方面軍の司令官となった彼は、もっと貧弱な装備だった自軍とともに移動を続け、局所的に「自軍のほうが数が多くなる場所、ほぼ同等の戦力になる場所」を変化の中で探して戦ったのです。ナポレオン軍が移動を続けると、敵もそれにつれてさまざまな変化をしていきます。布陣を変えたり、別の方面へ移動したりするからです。その動的な状態の中に、ナポレオンはチャンスを発見していました。

テレワークも含めて、コロナウィルスの騒動で、さまざまな変化を私たちは強いられています。その変化にまず飛び込み、変化の中を行軍しながら「変化が生み出したチャンス」に殺到する。

テレワークを例にとれば、それを導入したことでの新たなメリット、デメリットや不便な点が見つかるはず。ナポレオン流ならば、動いたことによって見える風景が変わり、その中で自社にもっとも有利なチャンスを捉えることが勝利への道なのです。

「ラストムーバーになれ」と指摘した世界的な投資家

カエサルやナポレオンとは、違った視点でタイミングを見る投資家がいます。PayPal創業者で世界的なベンチャー投資家のピーター・ティールです。

彼は、あくまでも「先手を打つのは手段であって目的ではない」としています。あわてて参入しても、あとからきた競争相手に簡単に押しのけられてしまうようなポジションしか占めることができないなら、それは優位点ではありえないからです。

彼は、著書の中で「特定の市場でいちばん最後に大きく発展して、その後何年、何十年と独占利益を享受する方がいい」と述べています。ティールはまた、チェスのグランド・マスターであるホセ・カプブランカの言葉も紹介しています。「勝ちたければ「何よりも先に終盤を学べ」。

コロナウィルスの拡大と騒動は、社会を大きな混乱に陥れています。一方で、この混乱が生み出した社会習慣や、新しい消費行動の中には、継続的なものとなる可能性を秘めたものがあるはずです。

先日、家電大手のシャープが社会貢献としてマスクを生産すると発表、販売開始して話題となりました。

家電メーカーがマスクを売るなど、驚くべきことですが、コロナウィルスの影響で、医療施設や接客業、ある種の公共施設でのマスク着用が習慣となるなら、定期納入などの継続的なビジネスニーズはさらに伸びていくかもしれません。

マスク転売で儲けた個人とは違い、ある意味で「ラストムーバ―」となるシャープのマスク関連ビジネスは、(社会貢献事業として始められても)、先行者とは違う戦略として、継続的な成功を収める可能性があるのです(除菌ジェルや消毒も、どのような商品形態がなら継続的な商品となるかが問われるでしょう)。

マスクのあまりの高額転売を見かねた政府は「転売禁止」の方針を打ち出しました。そうでなくても、シャープのマスク生産と販売が始まる頃には、ファーストムーバ―の転売業は完全にチャンスを失ったでしょう。賢い者はすでに撤退して、動きの鈍い者だけが在庫を抱えて取り残されているはずです。

なぜGAFAは、ファーストムーバ―を圧倒したのか?

書籍『the four GAFA四騎士が創り変えた世界』の著者である、スコット・ギャロウェイも、最初に参入することが必ずしも利益にならないと指摘しています。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)自体が、その業界における最初のイノベータ―ではなかったからです。

グーグルの前に初期の検索エンジンがあり、アップルは最初にPCを開発した企業ではありません。アマゾンの前にも、オンライン書店は存在していました。

書籍にはこう書かれています。「ある業界のパイオニアが、うしろから撃たれることはよくある。四騎士たちもまた後発組だ(中略)。彼らは先行者の死骸をあさって情報を集め、間違いから学び、資産を買い上げ、顧客を奪って成長した」。

『3000年の叡智を学べる 戦略図鑑』(かんき出版)
書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

グーグルは、アルゴリズムの優秀さと「情報の信頼性」を軸にした最初の検索エンジンであり、アップルは「より簡単にPCを使えるインターフェイスを備えたPC」を発売した最初の企業だったのです。

この点から現在導入が始まっているテレワークを考えると、単にコロナウィルス対策でテレワークを始めた企業は、やがてその習慣を捨てていく一方で、「テレワークのほうが成功できる事業や方法」を発見した企業は、そのノウハウを他社に売るようなビジネスで、新しくできた業界の支配者になる可能性を秘めています。

一方で「やはりテレワークでは実現できない要素」を発見した企業も、テレワークを一斉に導入した他社に、「テレワークを補完する重要な要素」を広く販売できるようになるでしょう。

GAFAから学ぶ戦略とは、「新しくできた業界に参入する」のではなく、「新しくできた業界の支配者になるためのカギ」を発見することです。このカギを発見できた瞬間こそが、皆さんの会社がその業界に参入する、ベストのタイミングだと言えるのです。

コロナウィルスは、非常に難しい問題に企業を直面させています。危機に対処しながらも、私たちは利益を生み出す必要があるからです。

そんなとき、決断と行動のタイミングひとつとっても、戦略は私たちにチャンスがどこにあるかを示唆してくれるのです。危機にこそ戦略の活用が必要ですし、危機にこそ戦略がより輝くともいえるのです。

「戦略思考」は、企業だけでなく、私たちひとりひとりの人生にも大いに役立ちます。「戦略」には、競争相手のいる「競争戦略」だけでなく、健康管理をしたり安全運転を心がけるといった、私たちにとって非常に身近な「競争のない戦略」もあります。戦略は、これらの目標を達成するときの「追いかける指標」として、私たちを勝利に導いてくれるのです

ぜひみなさんも、豊かで実りある人生を送るべく、先人たちが築いてきた古今東西の戦略知識を学び、戦略思考を身につけましょう。